▽ story
幸せの証明
昨日、私の気に入っているアーティストのCDを貸すことをカリーナと約束した。忘れない内に渡しておこうと、トレーニング休憩中のカリーナの下へと足を運ぶ。彼女はネイサンとパオリンとの話が盛り上がっているらしい。笑い声が絶えない中に、私は寝不足気味の顔を覗かせる。どうでもいい話なのだが、私を含め4人で集まり、話をすることを彼女たちの中では”女子トーク”というらしい。そのメンツにネイサンが入っていることが些か疑問ではあるが、誰もつっこみはしない。
「あら、アキじゃないの。あらやだ、寝不足気味かしら?隈が凄いわよぉ?」
「アキ大丈夫?!顔色も酷いよ…?」
「寝不足はお肌に悪いわよー。…ちゃんと寝たほうがいいんじゃない?」
そうですねえ、と当たり障りの無い返事をする。睡眠時間がまともに取れるほど暇ではないということを言っても現実は変わらないだろうから。別に文句をつけたいわけじゃないし、それに私には、ほぼデスクワークの私と違ってヒーロー達とは埋められない差がある。私が数日間の睡眠不足を経験したとしても、トータル的に見てあまり痛手にはならない。しかし、ヒーロー達にとっては少しの体調不良も許されないのだ。少しの体調不良が命を左右する。そのような理由から私のような健康管理士がいる訳であるし。
「それはそうと、カリーナ。これ、ほら、昨日言ってたCD」
「相変わらず仕事が早いわねえ…。ありがと。」
私がカリーナに差し出したCDをパオリンが覗き込む。そういう音楽も聞くんだね、とパオリンがぼそりと呟いた。カリーナに貸したCDというのは、外国のロックバンドのものであった。なんのきっかけでこのバンドを知ったのかはあまり思い出せないが、結構長い間ファンを続けている気がする。…と言っても、ライブに行っていたりしたのは専ら学生の時で、今ではたまに出るCDを買うくらいであるのだけれど。それでも音楽の力というのは凄いものだと思う。一瞬で人を元気づけたり、一時でも疲れを癒すことが出来るのだから。健康管理士でいると、つくづくそう思う。カリーナが何時だったか、そんな歌を歌えれば良いと私に語った時から、私は彼女を応援したいと思い始めた。
カリーナがCDをベンチに置いてあったスポーツバッグに仕舞う。私の用は済んだので、また作業に戻ろうとした時だった。私の手を凝視していたパオリンが、口を開く。
「…あれ?アキ、指輪なんてしてたっけ?」
その一言をきっかけに、他の二人も私の手を見る。まじまじと、ネイサンに手を取られ、凝視される。
「えっ…、あらやだ本当だわ。しかも右手の薬指にだなんて!」
「ちょっとちょっと!知らないわよ、アキにそんな人がいただなんて!」
面倒くさい状況になってしまった。こういう状況を想定して、普段なら仕事中はリングを外しておくのだけれど、寝不足による自分の事に対する気の回らなさの結果、今日に限って外すのを忘れてしまったのだ。このリングは、先日の私の誕生日に恋人であるバーナビーから贈られたものである。バーナビーと付き合っていることは、あえて周りに公表することもないだろうという考えは、互いに合意したものであった。虎徹だけは例外として知ってはいるのだけれど。…あまり恋愛のことについて根掘り葉掘り聞かれるのが得意でない私にとっては、周りが知らないのには助かっていた。だから今、こんな状況になってしまって面倒だと感じたのである。
「え、ええと、それは…」
「誰?!誰なのよ!」
「私達の知っている人なの?!」
3人に詰め寄られる。ネイサンに至っては私との体格差が激しいものだから、物凄い威圧感がある。本当にどうしよう。素直に言ってもいい気はするが、相手が仲間だけに言いにくさが残る。その時、バーナビーがたまたま側を通りかかった。ここで助けを求めればまた厄介なことになるだろうと、無視を決め込んだ傍から、ネイサンがバーナビーに声をかける。
「ちょっと!アンタは知ってるの?!」
「はあ、何のことです?」
「アキの恋人のことよ!アンタだって気になるでしょ?!」
行き成りネイサンに威勢よく詰め寄られたバーナビーが引き気味に応える。ここからはバーナビーの行動次第なのだけれど、私としては半分くらい諦めている。バーナビーがネイサン越しに、目線を送ってくる。呆れた顔をして首を横に振ってみせると、バーナビーも呆れ顔でため息を付いた。
「もちろん、知っていますよ。アキさんのことなら、恋人の事だけとは言わず、色々とね」
メガネの位置を人差し指と中指で戻しながら、意味深な発言をするバーナビー。もっとややこしくさせる気満々ではないか…。バーナビーの含みをもたせた発言に、他の3人はまた一段とうるさくなる。段々と頭が痛くなってきた…。面倒な事は後はバーナビーに任せて、ここは退散してしまおうとした。…のだが。バーナビーがこちらへと近づいてくる。出来るだけ距離をとろうとしても、もう既に無駄だった。いつの間にやら私はバーナビーに背後から抱きつかれていた。バーナビーの髪の毛から滴る汗のしずくが、私の頬に落ちるくらいに密着するくらいに。その状況を見ていた3人とも黄色い悲鳴を上げる。
「ちょっと、やめ…。バーナビーの汗、染みるからっ…」
「僕ですよ。1ヶ月程前からアキさんとお付き合いさせていただいています」
そう言うと、バーナビーは私の後頭部に一つキスを落とした。途端に3人がまた悲鳴を上げる。
…ああ、頭に響くから止めて欲しい。
半ば自棄にになった私は、バーナビーに体重をかけ、ため息をつく。私を抱きとめるバーナビーの腕が、また一段と強くなっていった。