Silvia

story


愛という感情論

「いやー、まさかクリスマスにまで仕事が入るとは思わなかったわ」
「…僕はCMの撮影という名目上ではありますが、アキさんとクリスマスを過ごせるだなんて思ってもみませんでしたけどね」
「ただでさえ、普通に会うのも一苦労だってのにね。お互い忙しいから」


 とっくに日も落ちたクリスマスの夜の遊園地は、数えきれないほどの電球で装飾を施されていた。サンタクロースやトナカイのシルエットを象ったオーナメントがこちらを向いて手を振っている。夜だというのに目がチカチカするほど明るい。暗い空と電球のコントラストが視神経を刺激した。
ああ、どうして意中の人とこんなロマンチックなクリスマスの夜だというのに気分が晴れないんだろう。些かそれは愚問である。仕事、だからだ。バーナビーと座るベンチの脇を、スタッフたちが忙しなく行き来する。私とバーナビーは皮肉にもお揃いの黒いダウンジャケットを着て、コーヒーで暖をとる。一般人のいない遊園地に物寂しさを覚えつつ、他の人に気付かれない程度にバーナビーに寄り添う。


「プライベートでこのような所にアキさんと来ることが出来れば、どれだけ幸せだったか…」
「本当だよね、もう私は仕事モード入ってるからロマンチックな気分にだなんて到底なれないけど…」


 売れっ子ヒーローと女優、結ばれたのはいいものの、互いの職業柄、決して自由のきく恋愛などではなかった。スキャンダルになれば困るのはお互いであるから、その配慮に神経をすり減らしながらの交際。それでも好きの感情が冷めることが無いのは、バーナビーが私を大切にしてくれている事を知っているからだ。彼の心遣いを受け取る度に余計に好きになる。普段中々会えない寂しさを募らせることが多々あるのは事実だけれど。
 スタッフの「そろそろ準備お願いします」の言葉をきっかけに私とバーナビーは立ち上がる。互いにダウンジャケットを脱ぎ、黒いスーツを身にまとったバーナビーが私の手をとる。私もイブニングドレスの裾をつまみつつ撮影場所のメリーゴーランドへと向かった。キラキラ光る装飾の中、メリーゴーランドまでエスコートされるなど、まるで子供の頃に夢見たお姫様のようだと印象を受けたのは決してイルミネーションのせいだけではなかった。


「寒くないですか」
「ッ…寒いに決まってるじゃないの。でも仕事だから我慢我慢!」


 先に白馬にまたがったバーナビーが片方の手を私の腰に添え、軽々と私を自身の目の前に横向きに乗せる。密着した部分の熱が合わさって、淡い温かみを生む。撮影開始の合図が出されるまで、呼吸を整える。緊張しているわけではないけれど、なぜか心落ち着かない。…いや、なぜかという表現はおかしいか。もう知っている。

 カウントが出された後、撮影開始の合図が出される。カウントとともに動き出した馬が円形の台の上を駆ける。予め指示された通りのタイミングでバーナビーと見つめ合う。バーナビーのしなやかな指が私の胸元にあるネックレスをなぞり、互いに目を伏せ、唇を近づける。触れそうになったところでCMの宣伝対象であるネックレスがアップで撮され、カットの合図が出される。ただそれだけの工程だった。CM上恋人同士という設定が幸いしてか、難なく一回で撮り終わる。勿論、バーナビーも失敗を滅多にしない人だからという理由もあるのかもしれないけれど。


「お疲れ様。早くバスに戻ろう、寒──」
「いえ、少しこちらへ」


 メリーゴーランド乗り口の丁度裏手側から少し奥まった所にある、外灯の前まで手をひかれて連れて行かれる。撮影用の機材など無いため、殆ど人の出入りはない場所だった。静まり返った周りの雰囲気とは裏腹に、光り輝くイルミネーションだけがうるさかった。


「こんな所に連れてきて、どうし──」


 言葉も、バーナビーの突然の抱擁によって遮られる。…本当にどうしたのだろう。何も言わぬまま、私を抱きしめる腕だけは弱まらずにいるだけである。時折聞こえる息を飲み込む音だけが私の耳に届いた。


「久しぶりに会えたのに、キスを寸止めするなんて生殺しもいいところですよ」
「…いや、あれは、ああいう演出であって私の意向ではな…」

 
途端、性急になったバーナビーが私の唇に自身のそれを押し付ける。触れるだけじゃ足りないのか、角度を変え、回数を重ねる度に深くなっていくキスを、私はただわけが分からずに受け入れるだけであった。意識が溶かされ、終いには思考力の必要性を疑うほどバーナビーに満たされていく。


「ずっと会いたかった」
「…うん、私も」
「本当は、この撮影、凄く楽しみにしてたんです。だって、合法的に会えるじゃないですか」
「うん」
「だから、色々考えたんです。クリスマスだからアキさんに何かプレゼントしたいなとか、久しぶりに会うから何を話そうとか」
「そっか…」
「でも、いざアキさんを目の前にしたら、情けないながら話したいこともどこかに行ってしまって」

 
バーナビーらしくない、ぽつりぽつりと溢すような物言いにバーナビーの寂しさの入り混じった私への愛しさを垣間見ることが出来た。私は必要以上に口を挟むこと無く、バーナビーの言葉に頷きで返した。


「好きです アキさんが、好きなんです」
「…知ってる」


目をこれ以上ないくらいに力強く瞑って、私の肩にすがるように額を押し付けた。私はどこにもいかないというのに。私はバーナビーしか見えていないのよ、と一言でも言えればよかったのに、原因不明の涙が滴り落ちてくる。好き合っているのは分かっていたはずなのに、改めて実感したバーナビーの存在に好き以上の感情が溢れてくる。表現しようのないこの気持をバーナビーにどう伝えてあげればいいのだろう。

「あのね、私も、好きだよ。…可笑しいね、好きとか愛してるとかドラマで何回も言ったことあるのに、月並みな言葉しか言えないや…」

涙で湿った笑いをこぼすと、バーナビーも笑った。吐き出される白い息が消えてくのを確認できるほど近い距離で、私も、彼ももどかしい。聖夜にサンタさんが与えたのはロマンチックな雰囲気でも、綺麗に包装されたプレゼントではなくて、もどかしい感情の海の存在の認知だった。

【12/HERO】TIGER&BUNNYドリーム小説企画 様にて企画に参加させて頂きました。