Silvia

story


告げられた言葉は

「はーなーむーらーくーん」

 自分の家より少しばかり小洒落た一軒家を前に、二階にいるであろう花村に向かって呼びかける。近所迷惑になるだろうかとも思ったけれど、まだ8時前だし、隣家とは少し離れているから大丈夫なハズ。携帯電話の必要性を今ひとつ重視していない私は、思いっきり自室に忘れてきてしまったわけで。インターホンを鳴らすのもあまり好きではないというあまりにも勝手な理由で、花村を呼ぶのにこの手立てを使った。
 しばらく待っていると、花村家のドアが開く。Tシャツ姿の花村が姿を現した。その姿の花村にいつもと何か違うという違和感を感じた。…ああ、多分寝間着だからかもしれない。まさしく風呂あがり、な花村の頬は上気していた。いつもはワックスを使ってセットしているのか、いつもの跳ねた髪の毛も、今はしっとりと重力に従事ている。

「おっす、悪ィな、わざわざ」
「本当にね…!何で私がノート貸すのに花村の家に行かないといけないのよ…」
「…この間油断して敵にテンタラフー掛けられて混乱した上に、俺にのしかかってきたのは誰だよ」
「すんません、私です」

 ああ、出来ればその話は出してほしくなかった。まあ、半分は油断していた自分のせいなのだけれど。混乱してたとはいえ、花村を半ば押し倒してしまったのは変えがたい事実なわけで。しかも皆の前でというオプション付き。もう恥ずかしいやら情けないやらで、当の被害者の花村にその話を出されると、ぐうの音も出ない。未だにりせには大胆だったとか何とか茶化されるし…。

「まあ、取り敢えず上がってくか?茶くらい出すぜ」
「いいの?おじゃましまーす」
「…本当、遠慮ねえな…。あ、クマなら今鳴上ん家だから呼んでも無駄だかんな」
 
 クマー、と大声で呼ぼうと思った私は先制される。玄関には花村のスニーカー一足しか無く、家には花村以外いなさそうだ。
 …本当はちょっとドキドキしてる。まさかノートを貸すだけだと思っていたのに、花村の家に上がれるだなんてラッキーだと思う。花村が転校してきてからの付き合いだけれど、こんなこと初めてだし。ああ、もうちょっと気遣った服装してくれば良かった。Tシャツ短パンにつっかけサンダルだなんて女らしさがこれっぽっちも見られない。 
 と、もたもたしている内にドアを開けている花村が、入れと促す。私は花村の脇をすり抜け、玄関へと至った。一応それなりの常識を弁えているつもりの私は、ちゃんとサンダルを揃えて脱ぐ。廊下のひんやりとした感触が足裏を伝わった。「先に二階上がっとけ、俺の部屋突き当りの右の部屋な」と言う花村に「はいはい」と返すと、「”はい”は一回だろ」との決まりきった返しを頂いた。お母さんか。

「きゃー、男の子の部屋なんて初めてだから緊張しちゃーう。…嘘だけど」

 妙に高ぶったテンションの中、そっと花村の部屋のドアを開け、電気を点ける。一瞬チラついた後、蛍光灯の光は安定した。花村の部屋は意外にも片付いた、シンプルな部屋だった。大きなものでは勉強机とソファ、ベッドが並んでおり、少し奥まった所にはクローゼットと思われる扉が備え付けてあった。小型の棚の傍には、棚に入り切らなかったCDが積まれていた。
 …というのはどうでもよくて、取り敢えず男子の部屋に来たら”例のモノ”の探索ですよネ。まずは王道のベッドの下を覗き込もうと、陽介のベッドにダイブする。飛び散ったホコリと共に、花村の匂いが鼻腔をくすぐる。少し変態染みた幸福感に包まれながら、うつ伏せになると、そのままベッド下を覗き込む。しかし、ベッド下までには光が届か無い上に、自分の影で暗くなっていて、見ることが出来ない。

「やっぱ暗くて見えないかあ…。懐中電灯でも持ってくるべきだったか」
「何が暗くて見えねえんだ?」
「うおっ」

 行き成り頭上から降ってきた声に驚き、ベッドの縁に掛けていた手が見事に滑り、頭から床に落ちる。鈍い痛みが頭のてっぺんから顔へと広がっていった。…痛い。花村に弁解をしようと、体勢を立て直しつつ花村を見上げる。

「なななな何もしてないよ!?特捜女子代表として花村陽介君のエロ本を探そうだなんてしてないよ!?」
「説明ご苦労なこったな」
「いや、鳴上くんの部屋には無かったから、次探すなら花村の部屋かなーって」
「何でそうなんだよ…、てかお前、鳴上の部屋行ったことあんのかよ?」

 麦茶の入っているボトルをガラスのコップに傾けながら花村は私に聞いた。そこ気になるの?という感じではあったものの、正直頭の悪い私はその質問に隠された意図などあるとも思わず。「あるよ」と返すと、直ぐ様「なんで」と返って来た。

「この間の試験の前に、鳴上くんに泣きついたら日曜日に家に来なよって言われて行っただけだけど?」
「ふーん、何、里中とか完二とかも一緒だったのか?」
「いんや、私だけ。そいや菜々子ちゃんもいなかったなあ、遊びに行っちゃって。私が代わりに遊んであげるのに…」

 鳴上くんの部屋でワンツーマンの勉強会をしたのは、かれこれ3週間ほど前のことだった。期末試験を数日後に控えた私は当然のことながら公式の一つも覚えているはずがなく、運良く暇していた鳴上大センセイに教えを請うたのである。ほぼ一日中センセイの指導にあやかることができたお陰か、全科目赤点を免れ、千枝に驚きの眼差しで見られたのはこれまた内緒である。
 と、花村から”菜々子ちゃんと遊ぶって、目的変わってんじゃねえか”云々のつっこみを頂けるのではないかと身構えていた所、不意に不機嫌そうな花村がコップを荒々しく机に置く。衝撃で麦茶の雫が飛び散る。

「え、ちょ、花村…?」
「あのさあ、男の部屋で二人きりとかいかにも”そういう事がありました”っつー感じだよな」
「は?何、鳴上くんのこと?何も無いに決まってるでしょうが…」
「馬鹿じゃねえの」

 花村が近づいてきたかと思うと、急に視界がぐるり、と動いた。背中と後頭部にに衝撃を感じる。頭に至っては先程に続いて二度目の痛みだった。見えるものはというと、花村の顔のドアップと、数十分前に私が点けた蛍光灯の光だった。私が倒れているんじゃなくて、押し倒されているのだと気づいたのは、花村が私の手首を頭上で纏めて床に固定していると認識してからだった。

「いや…、何、花村、離して…」
「なんかすっげームカつくんだけど。危機感無く男の部屋にヘラヘラ入ってきたと思ったら、鳴上の部屋で二人きりだったとか言うしよ…。男の部屋で二人きりで何もねえワケねえの。これが良い証拠だろうが。何の期待なしに部屋上げるかっつーの」

 私を見下ろす花村の息が私の頬を掠めとっていった。膝をついた花村が私の足を自身の足先で弾いてくる。いつもの花村じゃないみたいだ。素直に怖い。
 なんなんだ、なんなんだこれ。元々頭の回転も良くない私は、状況把握と情報処理が一気に出来ずにいる。しかし、何処からとも無く湧いてくるデジャヴが、この状況に答えを導き出そうとしていた。

「あ、あ、分かった!テンタラフー?もしかして花村混乱してる?花村単体だからプリンパか!?」
「…馬鹿じゃねえの。テンタラフー掛かるって、お前じゃねえし…。
あー、なんかもういいわ…気ィ抜けた…。お前本当馬鹿なんだなー、普通ここまでされて気づかないってあり得るかよ!?ほんっとに鳴上の言う通りだな!鈍感通り越して馬鹿だよお前!馬鹿!」
「なっ、馬鹿馬鹿って何なのよ!?人のこと張り倒しておいて、馬鹿呼ばわりって何なの!?鳴上くんのお陰でこの間のテストは花村より点数良かったし!」
「あ゛ー、だから、そういう事言ってんじゃねえよ!…そりゃ、あのフラグ建築王の鳴上がアプローチかけても無駄なわけだわ…。」

 私の上に馬乗りになりながら項垂れる花村。いつものヘタレ気味な花村に戻って良かった…。さっきまでの花村の目は、シャドウの時の花村と少し似ていた気がする。正直ちょっとだけ怖かった。…この間の戦闘中の仕返しならもっと違う方法があったろうに。

「建築?アプローチ?ナニソレ」
「お前は気にしなくていいっつーの…」
「…何で哀れんだ顔で私を見るのさ」
「…いや、お前にこの先彼氏の一人や二人出来るのか案じていただけだ」
「うっわ、それ凄い腹立つわあ…」

 お互いに目があった途端、耐え切れずに噴出すように笑う。少し収まった後、花村は私から退くと、少し私から距離をとって胡座をかいて座った。しばしの沈黙が二人の間を埋める。

「…あんな、言いたいことがあんだけどよ、」
「…ちょっと、いきなり何よ…。改められると緊張するじゃんか…」
「いいか、一回しか言わねえからな!」
「お、おう、来い!」
「…お前、男らしいな…」