Silvia

story


爪先

※男主人公

「オレさあ、女に生まれても良かったかなあッて思うんだよね」
「え、おい…勘弁しろくださいよ…お前も完二の仲間入りかよ」
「ああうん、そうじゃなくてどちらかと言うと直斗寄りの願望」
「どちらにしろキメえよ」

 時折、鳴上から戦闘衣装だと称して手渡されるコスプレまがいのその服たちは、勿論のことメンズだった。この狭い田舎町でどうやって手に入れたのか、果たしてそれは鳴上の趣味なのか聞きたいことは山ほどあるが、リーダーに逆らうわけにもいかず腕を通す有りさまである。この間はオレを含む男性陣は皆、執事みたいな装いを強要された。完二が意外にサマになっていたを思い出す。でもオレは、どちらかと言うと陽介の部屋の壁にかかってるアイドルのポスターみたいな格好が好きだったりする。いや、ここで誤解してほしくないのは、オレが可愛い美少女だったらという前提が成り立つ場合である。この前提はオレが生まれ変わりでもしない限り成り立たないので安心して欲しい。

「だって可愛い女の子に生まれて可愛い服着れたら最高じゃん」
「何お前、そういう理由?」
「ウン。別にこんなゴツイ男の体のまんま可愛い服着たいとか言わないから安心しろよ」

 お、おう…と頷く陽介の顔は完全にオレを信じていないようで、軽く引き攣っていた。まあ、陽介がトラウマを引きずるほどの完二のシャドウが強烈だったのはオレも体験済みなので納得出来ないわけじゃないけど。オレに目に余るほどの男色の気があるわけじゃなくて、りせみたいなその白くスラリとした足に合わせられる布々が映えて視えるのがもの凄く羨ましく思えるだけであって。それがもし自分にも手にすることが出来たのなら最高だなって話なだけだ。

「まあでも、よく見りゃお前の顔綺麗だし、本当に女だったらキスくらいはしてえかもな」

 半分ほど飲みかけの麦茶の入ったコップの中で、溶けて角が丸みを帯びた氷同士がぶつかり合う音がした。その後に陽介は自分で何言ってんだ、とでも言うように「お前みたいに変に捻くれてる女なんて俺は嫌だけどな、」と加えた。オレが仮に女なら陽介にキスされるのか。ふうん、と流しておけばそれまでの話だろうけど、少し悪戯心が芽生える。セクシャルマイノリティを自称するのには大袈裟になってしまうけれど、多分オレは周囲の人より、好きなる人の性別を問わない方である。だから、好きになるきっかけさえあれば里中にだって、天城にだって、それこそ変な話陽介にだって純粋に愛を向けることだって出来るハズ。

「オレは別に今のまま陽介にキスしてもいいんだけど?」
「……なな何いってんのお前!んなの嫌に決まってんだろ!」
「鳴上とはハグするのにオレとは出来ないの?」
「ハグとキスって偉い差だろ!!!何が楽しくて男とキスしなきゃいけないんだよ!!」
 
 ばばばばかやろう、と盛大にどもって陽介はオレから距離を取った。そんなに拒否しなくてもいいだろーが、とオレが立膝で陽介に詰め寄ると、恐怖の色が表情に差していた。最終的に陽介が辿り着いた先はベランダに通ずる窓際だった。ゴツン、とそのセットされた髪の毛を潰して後頭部をぶつけると、もう終わりだと斬首を今かと待つ武士のように固く目を閉じた。指の背でするりと陽介の顎先から頬を撫ぜると、瞼が震える。こう、躊躇ったような息をかけようものなら、ひとたび脳髄でも溶かせそうな雰囲気に思わず餐まれそうになる。陽介の頬をなぞった先、今度は手を返して頬に手を添えてやり、反対の手の中指を親指に掛け──、陽介の額の前で弾く。いわゆるデコピンってやつである。

「っっっでえ!!」
「うっそで~す、本当にキスされるかと思った?なーんちゃっ…」

 って、と言葉尻が完結することは頬に一発衝撃を迎えることによって叶わなかった。ギガンフィストよろしく、伊達にテレビの中で鍛えてることだけはある重い拳を食らったオレは倒れることはなかったけれど、半ば陽介に覆いかぶさっていた上半身がブレた。殴られた衝撃で口内の柔らかい肉が奥歯に削られたようで、血の味が染み渡っていった。
…気づいたら陽介はオレの部屋から出て行ったらしい。やべ、少し遊びすぎたかも。頬を腫らしてへらりと笑うオレの姿が窓に映し出された。あれ、なんでオレこんなに恍惚としたカオしてんの。気持ち悪。


*

 一晩氷のお世話になっても左頬の腫れは引かないどころか、青味さえ帯びてきて、そのままでは人前に表れることさえ出来ないような顔になっていた。人の専売特許に傷をつけられた、と少し恨めしくは思うが5割は自業自得なので大人しく四角く形どられた湿布で覆うことにした。教室に入るやいなや、クラスメイトの女の子から「おはよう」の挨拶の前に「どうしたの!?」と声を掛けられる。意味深に鳴上と喋っている陽介をちらりと見やれば、少しバツの悪そうな顔をした後、オレに興味なんて無いとでも言うように視線を鳴上に戻した。

「(あらら、嫌われちゃったかね)」

 適当に女の子たちをあしらった後、何事も無かったように席に着く。オレも、詳しく問い詰められると口を滑らせかねない性格なので、頬の怪我が引くまで授業時間以外は姿をくらませることに決めた。鳴上たちと少し離れた窓際の席につく。鳴上が陽介と話してる話題などいつもはどうでもいいはずなのに嫌に耳につく。「お昼ご飯一緒に食べよう、弁当作ってきたんだ」だって。何だお前、陽介の彼女かよ。いつもの癖で左頬で頬杖を付いてしまうと、湿布越しに鈍痛がゆっくりと伝う。


*

 学校が終わった後も、なんとなく直帰するのも味気なくて鮫川の辺りをぶらぶらしている時だった。背後に人の気配を感じて、テレビの中では無いというのに、本能的に勢い良く振り向く。そこには、今にもオレに声を掛けようとしていた鳴上が少し驚いた表情で立っていた。

「声掛けんなら気配消すなよタチ悪ィ」
「ごめん」

 絶対悪いと思ってないだろ、と毒づきたくなる。鳴上がふとオレの左頬に視線をやりながら「少し話そうか」と言い出した所で、鳴上がオレに聞きたいことの概要は予測できた。思いの外めんどくせえ事になっちまった気がする。ベンチに座る鳴上がオレにも座れと目線で煽る。どうやら立ち話程度では済まないようだ。断ることも出来るだろうけれど、こう見えて鳴上もいい意味でしつこい男だ。渋々と出来る限り鳴上と距離を開けて座った。

「頬のこと聞きたいんだろ」
「どちらかと言うと、陽介とのことかな」
「うわあ、何お前そこまで気がついてんだ?」
「昼休みに大体、な」

 そう言えば仲睦まじく屋上でお弁当食べてましたっけ。まあどういう経緯で、どこまで陽介から話を聞いてるのか分からないけれど、知ってるなら今更オレに話聞かなくたっていいじゃん。高校生にもなって人間関係のあれこれを他人にとやかく言われるような義理はない。

「何、メンバー同士のプライベートまでテコ入れしようって?リーダーさんは大変なんスね」
「大事な友人たちの話を聞くのがおかしいか?」

 鳴上の真摯な眼に、すぅと自分の中で冷めていく感覚がした。嫌味をこうもサラリとくさいセリフで返されると思ってなくて、拍子抜けする。

「…お前のそういうとこ真似できねえわ」
「ありがとう」
「褒めてねぇよ」

 思わず笑うと、鳴上も眼を細めた。ああいうことを恥ずかしげもなく言えるからモテるんだろうな、オレだって容姿に自信無いわけじゃないし、実際女の子に声を掛けられる事は多いけれど、鳴上みたいに振る舞えるかと言ったら即効で否定する。

「なんで陽介にキスしようとしたんだ?」
「……なんとなく、話の流れで」

 というか、大体オレとキス出来るって言い始めたの陽介の方だし。明確な理由があるかと問われればおそらく口ごもらざるを得ない。女の子に対してこういう事をしでかしたのなら、大バッシングを受けてもしょうがないのかもしれないけれど、結果的には冗談半分だ。割りと何が問題なのか正直分かっていなかったりする。

「じゃあ、俺ともキスしよう」
「は?」

 鳴上にワイシャツの襟を捕まれ、そのまま引き寄せられる。咄嗟に片手を付いて上半身を安定させる。ふざけんな、と文句の一つでも付けてやろうとしたオレの威勢は鳴上の伏せた目の異様な妖艶さによってかき消された

「これも話の流れだ、出来るだろ」
「意味分かんねえし分かりたくねえししたくねえし」
「陽介とは出来るんだろ」

 そこで頷きかけてはっとする。反射的に肯定しかけたオレの思考に待ったがかかった。いやいやいや、つまり、 そういう こと?
襟から鳴上の手が離れる。胸のつかえが下りるような、まだ腑に落ちないけれど妙にこざっぱりとした心境についていけない。途端に鳴上に対するイラつきも跡形もなく消え失せる。ああなるほどね、いやあ、嫉妬ってフィルター怖えわ。なんだか鳴上に申し訳なくなって、だけれど、「ごめん」なんて宣おうものなら「何が?」と何もかもを察したような笑みを返されそうなので止めた。

「気づいたなら早く陽介のところ行ってやればいい」
「オレが連絡したって出ないしょ」
「そう思って教室に残ってるよう言っておいた。行って来い」
「…何お前どんだけ頭回んの。やっぱ真似出来ねえわ」
「ありがとう」
「褒めてねえし礼言うのこっちだよバカ、サンキュ」

 八高に戻ろうと腰を上げたオレを、鳴上は手を振り見送った。

*

 多分、教室のドアを開けるのに緊張を伴うのだなんて、入学直後以来な気がする。クラスが田舎特有の、中学の面子がそのまま高校に持ち上がったような編成に嫌気が差していたことを記憶している。中学まで都会育ちだったオレは、所謂”家庭の事情”ってやつで高校からは片田舎の八十稲羽市での生活を余儀なくされた。最初こそは外灯の少なさだとか、緑多き雰囲気だとか今までの生活とのギャップを楽しんでいた。しかし高校に入って同年代の知り合いがいないこと、且つ既に入学した途端に目に見えてグループが出来ていることに物寂しさを覚えないはずがなかった。話しかけてくる奴はそこそこ居たけれど、そいつらにも既に”自分を分かってくれる友達”が居ることに対して卑屈になっていたせいでまともな付き合いをしていなかった。そこで転入してきたのが陽介だった。ほぼほぼ同じ境遇に親しみを覚えて話しかけに行ったけれど、オレと陽介の付き合いだなんて、所詮ただ孤独な独り同士が無言のうちに身を寄せ合ったに過ぎなかった。なんとなく、漠然と一緒にいるっていうだけで本音をぶつけたことなんて一度もなかった。胸を張って仲良くなった、って言えるのもやっぱり鳴上が来て互いにシャドウと対峙した後だった。やはり俺達の関係に鳴上が一枚噛んでると思うと少し妬けたし、”相棒”だなんて陽介が鳴上を呼び始めた時にはオレの存在ってなんだったんだろうって頭を抱える羽目になった。その気持の名称が”嫉妬”だと気づいたのはついさっきのことだし、陽介に対する気持ちが”好き”であるのに気づいたのもついさっきだった。これも、鳴上の所為で鳴上のお陰である。
 勝率は分からない。キスしようとしたら殴られたほどだ、本気で嫌がったのかもしれない。オレに嫌悪感を抱いたかもしれない。だったらもう一発殴ればいい、大声でオレを拒否してくれれば、「じゃあずっと友達って関係でいよう、それ以上は望まないから」って約束を取り付けよう。陽介への安心の提供ってよりはオレの我儘だけど。

「なあ、陽介」
「あんだよ」

 扉を開けた後、陽介は案外冷静に言葉を返した。オレには陽介の背しか見えない。夕日が逆光となり、陽介の姿をほぼ影が覆い尽くす。小西酒店での陽介のシャドウがフラッシュバックする。退屈な田舎暮らしに飽き飽きしていた、というのが本音であったのだとしたら、オレとの半年間はでオレは何もお前に埋めてやることが出来なかったということになる。それに気づいてしまった後、鳴上の存在がお前を満たした事にも気づいた。そのことに見ないふりをして来たのはオレ自身だし、原点に帰って最も陽介に対する想いをシンプルに象るなら、「好き」って言葉なんだろう。
 少なくとも、オレは去年、お前の存在のみで満たされていた。それが孤独同士、同じ境遇だという事だけに満足して勝手に仲間が居たという勘違いだとしても、お前はオレの存在で満たされなかったとしても。

「去年から友達だったはずなのに、オレやっと最近陽介が近くに思えるようになったんだよな」
「…もっと早くから互いのこと分かり合えればよかったのにな」
「な、色んな事話せばよかった」
「今からでも遅くねえだろ」
「そうだな、じゃあオレ陽介の好きな人の話聞きたい。ちなみに、オレは陽介が好きなんだけど」

 陽介は無言を貫く。ずっと待ってるつもりだった。答えがイエスでもノーでもずっと。何かに耐えかねたように陽介の口から肯定の言葉が紡ぎだされたのは、とっくに日が暮れた後だった。