▽ story

Please take me with you.
「新藤は、足立さんのどこが好きだったんだ?」
特に新藤は悲しげな表情を見せるわけでもなく、俺をじっと見つめた。俺に、俺達に対しての憎しみの表情を見せるわけでもなく、一見するとあの日以前と変わらない新藤がそこにいた。まだ腕に残る包帯が痛々しい。日直という鬱陶しい義務も、この機会が与えられたものと思えば好機とすら思えた。
足立さんの逮捕を迎えてから、特捜は事実上は解散をした。しかし、花村や天城や里中といったメンバーとの関係は変わりがなく日々を過ごしていた。ただ一人、新藤を除けば。彼女は表立って俺達を避けるわけではなかったが、接する回数が劇的に減った。気付かれないようにフェードアウトしていくつもりだったのかもしれないが、逆に気にしてしまう要因になっていった。俺だけではなく、他のメンバーもそうだった。最終的には足立さんの味方であったとしても、確かに俺達は仲間だったんだから。しかし、元はマヨナカテレビの繋がりが無ければ、新藤との関わりなぞ無かったのかもしれない。足立さんとの(完全に言い切れはしないが)共犯の為に俺たちと行動を共にしていただけだと思えば、話すことすらしなかったのかもしれない。
「鳴上君には一生分かんないよ」
「分からないから聞いてる」
「聞いてどうするの。私に謝罪でもするつもり」
「違う」
「じゃあ、ただの興味本位ってところかな。物好きだね、鳴上君も」
少し図星だった。俺の目から見れば、足立さんは俺達が半年以上追っかけてきた犯人だった。─俺達に良くしてくれた事を考慮すれば少し情も移ったけれど─世間的に見れば犯罪者だし、何より大切な人を傷つけられた。それに、世界が無くなる一歩手前だった。加えて、足立さんの本性を考えると、新藤にとって良いことばかりだったわけではないはずだ。俺達より足立さんの何もかもを知った上で、それでも顔色一つ変えずに今でも足立さんを好きだといえる新藤が不思議でしょうがなかった。…本当のことを言えば、羨ましいとさえ思ってしまった。
「大体、『好きだった』だなんて過去形にしないでくれるかな」
「…悪い」
「今でもよくわからないよ、足立さんの何が好きだったかなんて。私が欲しいと思ったものをくれたし、足立さんが欲しいと思ったものを私が与えることが出来た。ただ、それだけ」
新藤の本音を垣間見た気がした。しかし、俺達の距離は変わらない。このまま、新藤がひとりぼっちになっていってしまいそうで気が気じゃなかった。彼女を一人にさせたくなかった。あり得ないことかもしれないけれど、新藤が俺を足立さんの代わりだとしてくれてもいい。新藤は一人でも平気だというような顔をするかもしれない。それでも俺は、誰かに心を寄せる新藤の姿が好きだった。くだらない会話で笑ってくれる新藤が好きだった。…完全に俺のエゴだ。でも、これは偽善なんかじゃない。
「新藤が欲しいものを俺が与えることは出来ないのか」
「…出来る出来ない以前に、私が欲しい物なんて何一つ無いよ。足立さんが居なくなった事で何一つ消えていやしないから」
…気づいてしまった。新藤が足立さんの名前を呼ぶ度に、表情が柔らかくなっていくことに。眉間の皺も、俺と話すのが鬱屈だというような態度も薄らいでいる。俺は、俺は足立さんの代わりだなんて愚か、新藤の何一つにもなってやしない。新藤にとって世界は足立さんなんだ。全部最初から、彼女を成り立たせているものは足立さんだ。
「新藤は…」
「だから、一人でも生きていけるんだよ。というか、足立さん、死んだわけじゃないし。いつか会えるよ、確証はないけど」
”足立さんが居なくなったことで何一つ消えていやしない”どころか、隣から居なくなっても尚、彼女に与え続ける。何故だ何故だ何故だ。足立さんより俺たちは早く出会っていたというのに。結局は何一つ彼女に残すことが出来なかった。俺達は結局、足立さんという存在の延長上にいただけだった。彼女に”好きだ”と言える権利すら、俺には無い。無い。何一つ。
窓に何か打ち付けられた音がした。雨水だった。新藤が外を一瞥して、日誌に目線を落とし直したのを合図に、瞬く間に豪雨が八十稲羽市を襲う。未だに雨には慣れない。
*
「なあ、新藤、東京の国立大の法学部に受かったんだってよ、すげえよな」
花村からの電話で、新藤の話題が出た。新藤の事を忘れていたわけじゃない。今でもしっかりと俺の中にあの一年間を刻んだ内の一人だった。それでも、誰かの口から新藤の名前が出る度に胸がざわつく。
電話を切った後、電話帳に未だ残されている新藤の番号を表示させる。番号が変わってさえいなければ通じるそれに、俺は淡い期待を寄せる。少し長いと思われる数コールの後に、「鳴上君?」というあの時と同じ声が聞こえた。
「大学受かったんだって?おめでとう」
「…花村君に聞いたの?…ありがとう」
「俺も東京の大学に受かったんだ。来月から一人暮らしだ」
「…そっか、おめでとう」
「ありがとう」
しばらくの沈黙が続く。別に俺達は頻繁に連絡をとりあう程親しい仲では無くなっているのだから、必然的だった。代わりの話題さえ、思いつきやしない。
「…将来は弁護士にでも?」
「よくわかったね。そのつもりだよ」
「…やっぱり、あだ──」
「弁護士は稼ぎがいいだろうからね。また会えた時の資金稼ぎにでも、ね」
そう言って彼女は電話越しにケラケラと笑った。まだ、絶えずあの人は新藤に与え続けている。彼女の生きる理由、彼女の未来でさえも。