▽ story

君のヒーロー
バイト帰りにたまたま同じくジュネスでのバイトを終えたアキさんに会った(というのは半分建前で、割りと同じ時間に上がるのを狙ってた)。つい先日、家が近所という事が判明したお陰か、互い誘わずとも一緒に帰ることになった。これも俺とアキさんの間に進展があったと言ってもいいのか…?いやしかし、高校生と大学生、”この間のテストどうだった?”などという話は共通しない。その代わりに「そういえば、」とフードコートのメニューが変わったという事を話した。「ビフテキバーガーってのが出来たんすよ。まあ、よくもこんなん思いつく物好きがいるもんっすよね」と何気のない話の種が、まさか、まさか、デート(仮)の約束に結びつこうと誰が思っただろうか。
この間、バイトの帰りに花村くんから、ジュネスのフードコートのメニューにビフテキバーガーが追加されたと聞いた。食べてみたいと言うと、花村くんは「味は保証しないっす」と返す。それなら、「食べてみないと分からないじゃない。花村くんも一緒に食べてみようよ」と提案すると、「それってデートのお誘いっすか?」と言う。その数秒後、花村くんは言ったのを後悔したのか「なんつって、」と誤魔化すように笑った。そんなもの、気にもとめずに「そそ、デートデート。花村くん、いつ予定空いてる?」と聞くと、花村くんは顔を真っ赤にして「マジっすか…」と呟いた。
結局花村くんとビフテキバーガーを食べに行くのは、何の変哲もない日曜日の昼間になった。そんなわけだけれど、バイトの時とは異なり、どうでも良い服装などしたくなかった。一応バイト仲間といえども、花村くんも異性が隣に立つならばそれなりの格好をしている方が良いに違いない。かと言ってあまり気合の入った格好もよろしくないだろう。悩みに悩み抜いた結果、結局女子の目から見て”無難”なスタイルに落ち着く。花村くん、どんな格好が好きなんだろう、とか懐かしい思考が蘇る。ああ、私も中高生の時に片思い相手にこんな考え持ったなあ…と。あれ、じゃあ花村くんに対しても…?なんて、まさかと思える考えは、約束している時間に長針を近づける時計によって遮られた。
自転車を急いで漕いだ後遺症というべきか、整わない息を抑えつつジュネスの入り口をくぐる。風に煽られて崩れた前髪を整えつつ、エレベーター前で壁によりかかり、ヘッドホンをつけた花村くんを見つける。どんな音楽を聞いているのだろうか、組んだ腕の上で指を叩く花村くんは、ぼうっとジュネスの高い天井を仰いでいた。まだ私の存在に気づかない花村くんの目の前で手を振ってみると、「うおっ」と盛大に驚いた。ヘッドホンを落ち着かない手ではずす。
「おおおおおおはようございます、アキさん」
「驚き過ぎだよ花村くん、しかも今は昼時だから”こんにちは”かな」
「あー、バイトの癖が直らないんすよね」
「確かに…、バイトの時は朝も昼もおはようだもんねえ」
「ま、取り敢えずフードコート行きましょう。腹減りましたし…」
タイミングよく、グゥ、と鳴った花村くんのお腹は、取り敢えず空気が読めるなあと思った。エレベーターのボタンを押そうと手を伸ばすと、同じ事を考えていたのか、花村くんの指先とかち合う。びっくりして手を退けると、「もーらい」と花村くんがボタンを押した。
…まだまだ子供らしいなあ、花村くん。…いや、別に悔しい訳じゃなくて。
*
「ん、おいしっ…!この柔らかジューシーなお肉、お肉を挟んだ柔らか過ぎないパンズ、そしてこのB級グルメ感…!さすがジュネス!」
「…アキさん、そんなキャラでしたっけ」
「いやいやいや、人は美味しい物を目の前にすると性格が変わるものよ?花村くん」
少し呆れ顔を見せた花村くんも、バーガーを食べる手を止めない。名残惜しく最後の一口を食べた瞬間、”満足”の二文字が頭をよぎった。早速大学の友だちにも勧めよう、と意気込んだ時に私の隣に小さい影がひょこひょこと近づいてきた。
「あ、アキおねえちゃんと陽介おにいちゃんだあ!こんにちは!」
「菜々子ちゃん!こんにちは、今日もお買い物?」
「そうなの!おにいちゃんに連れてきてもらったんだ!」
「お兄ちゃん、っつーことは悠も一緒ってことか。…てか何でアキさん、菜々子ちゃんのこと知ってんすか?」
「よく御惣菜コーナーに来てくれるからね。顔見知りになっちゃった。こんなに可愛いお客さん、放っておけないでしょ?」
ね、と菜々子ちゃんの方を見ると恥ずかしそうに俯いてしまった。思わず抱きしめたくなってしまう衝動に駆られたが、人の家の子に手を出すわけにもいかない。小動物のような菜々子ちゃんを可愛がりたい欲を抑えつついると、今度は菜々子ちゃんより幾分大きい影が近づいてきた。それはいつかフードコートで見た、花村くんの同級生の一人だった。すごく整った顔立ちだったから、よく印象に残っている。
「陽介、偶然だな」
「おお相棒、ジュネスの売上貢献、感謝するぜ」
「気にするな。ところで…」
ちらり、と形の良い瞳が私を見据える。何だか吸い込まれそうな不思議な感覚に戸惑いを覚えた。思わず微妙な顔をしてしまう。花村くんに相棒、と呼ばれたその男の子は私を安心させるためか、目を細めて笑った。
「あ、えと、ジュネスで働かせていただいてます、新藤です…。だ、大学1年生です」
「…なるほど、この人が陽介の…」
「あっ、ちょっと!相棒!」
「陽介の同級生の鳴上悠です。高校2年生です」
どうして学年まで言ってしまったのか、とんちんかんな私の自己紹介に合わせて鳴上くんも自己紹介をしてくれる。うう、少し恥ずかしい。顔が赤くなっていくのがわかる。理由は分からないが、何故だか顔を赤くする花村くんと二人、並ぶと余計に恥ずかしさが増しそうだった。
菜々子ちゃん達は、買い物の続きをすると言って去っていった。去り際に花村くんの肩を叩いたのはどういう意味があっただろうか。きっと、男の子同士だけで分かる合図みたいなものなんだろうな…、女の子同士の目配せみたいな感じで。
「いいなー。高校生って若いなー…、私も高校生に戻りたいよ」
「何言ってるんすか…、アキさんもまだ十代っすよね」
「そうだけど、なんか違うの…!高校生ってきらきらしてていいなあって…」
「…よく分かんねっす」
「そんなもんだよ。まだ花村くんきらきらしてる真っ最中ですもの」
オレンジと白のボーダー模様が入った紙コップを手に取り、ストローを介して液体を口の中に流しこむ。メロンソーダと称された人工甘味料が口の中に広がり、炭酸の刺激を残して喉へと流れていった。
さて、食べ終わったところだし、少し花村くんに買い物に付き合って欲しいと切り出そうとしたその時、私の背後からカツカツとヒールを鳴らして歩く音が二人分、聞こえる。
「ちょっと!花村ァ!」
「…また先輩たちっすか。今日はなんすか」
悪いけど名前は把握していないが、同じくジュネスで働く女の子たちが花村くんの前に立ちはだかった。都会に憧れる田舎の子、そう印象付けるような出で立ちで、イライラしているのをひと目で見て取れる表情をしていた。眉をピクリとも動かさない無表情で花村くんは女の子たちの相手をする。こんな冷たい花村くん、見たことがない。少し、ぞくりとした。
「何回言ったら分かるのよ!先週の水曜日はシフト入れないでって言ったじゃないのよ!彼氏とデートだって言ったじゃん!」
「そうよ!お陰でこの子、彼氏と喧嘩したんだから…!」
「…俺は上司に伝えときましたけど。それでも駄目だったなら、上の判断だったんじゃないんすか」
正直この手の女の子たちは苦手だった。そりゃ自分が一番可愛いなんてよく言うものだけれど、一般的な見識にも度があるわけであって。私の主観によるものだけれど、まさにこの女の子たちは度が過ぎるレベルであると思う。花村くんが”また”と言ったからには、こういうことが常にあるのだろう。もしかしたら、他の子達にもシフトの交渉のツテにされているのかもしれない。
こんなやりとりを見て、私も笑顔になんてなれるはずがなかった。
「…何よ、ジュネスの店長の息子のくせに、ほんっと使えない」
ジュネスの店長の息子、使えない
その一言で花村くんが言葉を返す前に私は席を勢い良く立っていた
「何言ってるのあなた達…、花村くんはジュネスの店長の息子であるだけでしょう!?まだ役職についているなら兎も角、ただの高校生だよ!?何都合よく利用しようとしているわけ?年上だからって花村くんを顎で使えるとでも思ってんの!?」
ハァ?と醜く顔を歪ませた二人が今にも私に掴みかかりそうな勢いで罵倒する。
「年上だからって偉そうなこと言ってんのアンタでしょ!?…もしかして、花村に取り入って優遇してもらおうとでも思ってんじゃない?早紀が死んだからチャンスとでも思ってんじゃないの?随分、早紀も贔屓されてたみたいだし」
二人はニヤニヤと、こんな顔人間が出来るものなのかと逆に感心してしまうほど醜い顔をしていた。どこまでも私欲にあふれていて、都合の悪いものに邪魔のレッテルを貼るだけの自分勝手な人間。私はこういう人たちが大嫌いだった。
「ふざけないでよ…!花村くんがどういう思いでッ…」
「もういいすよ、行きましょう、アキさん」
「ちょっと!謝罪もなし?私達二人、バイト辞めちゃうかもね!ただでさえでも人手不足なのに大変じゃないのー?」
「…辞めるなら辞めたら?私があなた達二人分働ける自信くらいはあるわよ」
「なッ…」
花村くんに手を引かれるがまま、ジュネスのフードコートを抜ける。後ろで騒ぐ二人に対して気持ちが晴れないまま。花村くんがいつもこんな扱いを受けていると思うと、悔しい。町中でも花村くんの事をジュネスの店長の息子と呼ぶ人たちのことも同時に思い出す。…お人好し、偽善者と呼ばれても構わない。ただ、どうしても花村くんの事を思うと悔しくてしょうが無いのだ。
*
「すんません、みっともない所みせちまって」
「みっともなくなんか無いよ…。私もでしゃばり過ぎちゃって、その、ごめん」
「…んなことねっす」
しばらく無言の内に、ジュネスを出る。何処に行くかも分からないまま、取り敢えず歩き続けた。あっという間に気落ちさせられてしまった私と花村くんの間には、さっきまでの楽しい雰囲気の欠片もない。
「…でも、俺も一応ジュネスの店長の息子っていう建前あるんで、強くは出られねえんすよ…」
「花村くん…」
「いやでも、だからアキさんがああやって言ってくれたこと、すげえ嬉しかったっていうか」
元気が無いなりに笑う花村くん。…少しでも私は花村くんの足しになれたのだろうか。花村くんはいつも陽気なように見えるけど、本当は人一倍気を張って、円滑に事が進むように周りを注意深く観察してる。…疲れちゃうよ、そんなんじゃ。
…私は花村くんの味方でいたい。多分、これが”好き”って感情なんだと思う。
花村くんの陰のある笑みを見た時に、すとん、と心に落ち着いた一つの感情がそれだった。
「でも私、花村くんは凄いと思うな。私、花村くんが自分以外の人のこと、人一倍気にかけてるの知ってるから」
「アキさん…、俺…、」
「…なんだろ、恥ずかしいや…」
くさいセリフ、っていうのはこういう事を言うのだろう。花村くんの顔が見れなくなって思わずアスファルトに視線を送る。その時に視界に入ってきた私の手は、花村くんと繋がれたままだった。離すタイミングが見つからなかっただけなのかもしれないけれど、…離さなくてもいい、よね。
花村くんが半歩、私に近づく。私の肩が花村くんの腕にぶつかる。互いに離れることもしないまま、ゆっくり、ゆっくり足を進めた。