Silvia

story


Lip

※ミス?コンネタ。ゲーム本編・アニメの設定とは多少異なります

「つまり、女装コンテンストのために、私達が男性陣を仕立てる…ってこと?」
「そうそう!いやあ、衣装とか化粧とか、あいつらよく分からないと思うし!ここは女子が頑張るところでしょ!…あたしも化粧とかあまり分からないけど…」
「…千枝もミスコン出るのに、大丈夫なの?」
「うううううるさいなあ!もう!ずるいよ、アキだけ花村の彼女ってだけで出ないなんてさ!」

 頬を膨らませながら、千枝はカップうどんの蓋を最後まで剥がした。湯気が器用に物体を避けながら天へと登っていく。曇り空と似た色のそれは、立ち上がるも早々に消えていった。ほんのりと秋の香りがする10月半ば、肌寒さを時折感じながら、アキと千枝と雪子の3人は屋上にて昼休みを過ごしていた。
花村が特捜女性陣に隠して、文化祭にて行われるミスコンにこっそりと推薦したまでは良かった。それがバレるがいなや、”お返しに”と、誰が得をするのだろうか、女装コンテンストなるものに推薦されてしまったのだ。千枝達は、花村が主犯ではあるが、それに加担した鳴上と完二の2人も推薦したのであった。男性陣からブーイングが起こったものの、先に仕掛けたのはそっちであろう、と言い返すと、言葉に詰まる花村達であった。
しかし、要約するならば”折角やるならば徹底的にやりたい。男子一人につき女子が一人担当になり、仕立てて、当日ミスコン前に発表しあって、一番クオリティが高い人が優勝ね”と千枝が言い出した所で、アキは頭を抱えた。
 
──きっと、鳴上くんとお近づきになりたいから、なんだろうなあ。

 特捜女子陣(但しアキを除く)で行われる、水面下の争い。誰もが鳴上に好意を持っているのは明白だった。アキは、ジュネスのフードコートでは誰が鳴上の隣に座るのか、言葉無くして争っている場面に立ち会わせたことが幾度かあった。りせは鳴上にアプローチをかける顕著な例ではあったのだが、他の3人も負けてはいないのだ。おそらく、今回もその事絡みだろうと思うと、アキは頭痛がしそうだった。

──ま、私は陽介担当なんでしょうけど。

「でね、千枝とも話してたんだけど、やっぱり花村君の担当はアキちゃんがいいと思って」
「あー、やっぱり?まあ、いいけどさ。でも男子3人に女子5人じゃニ人あふれるっしょ?」
「直斗くんは”辞退します”だって」
「あー、やっぱり」

 個人的には、直斗の担当を完二に付けさせてみたかったのだけど、とアキは少し面白くなかった。そして生まれる疑問。あとの2人で、担当をそれぞれ、どう決めるのだろうか。出来るだけ平和な方法で願いたい、巻き込まないでほしい、というのがアキの思いだった。

「──で?率直に聞きますけど、鳴上くんの担当は?」
「あー、うん、誰になるんだろうね…。取り敢えず、りせちゃんにこの話してから、かな。あはは…」
「ま、まあ、おいおい決めるって感じだよね…」

 明らか様に動揺されると、アキもどうしていいのか分からない。お互い、腹の探り合いをしながらの行動に、アキはもどかしさを覚える。りせを除いて、それぞれ鳴上の事が好きだという事は分かっているはずなのに、言葉にしない。特捜の均衡を乱すような事はしてはいけないと、暗黙の了解でもあるようだった。一人輪を外れたアキは、彼女たちに哀れんだ目を向けることしか出来なかった。…好きな人を声大きくして好きだと言えない恋だなんて、と。




「はい、陽介、取り敢えずこれに着替えてきて」

 衣装が入っている紙袋を渡すと、花村は露骨に顔を歪めた。男である花村にとって、自分の彼女の前で女装をするなど、羞恥以外の何物でもなかった。しかし、それを気にする素振りを見せるどころか、むしろ積極的なアキの姿を見て、なんとも言えない気持ちになる花村であった。渋々紙袋を受け取ると、少しアキから離れた場所で着替えることに決めた。
 結局、揉めに揉め、鳴上の担当をりせが、完二の担当を雪子が、飛び入り参加のクマの担当を千枝が受け持つことになったのである。それぞれ空き教室で作業を行うことにした。アキと花村に宛てがわれた部屋は、文化祭の開催につき、使用されない机や椅子が運び込まれた部屋であった。埃っぽい教室の片隅の、窓から陽がよく差す明るい場所を選んで、アキは化粧道具を広げた。机が積まれている向こう側で着替えている花村の溜息が時々聞こえる。それに苦笑いを浮かべつつも、作業をする手を休めない。

「すんげー股がスースーするんだけど」
「ミニスカだもん。しょうがないじゃん。」
「くっそ、慣れねえ」
「ほら、大股で歩かないでよ。立ち方は常に内股を意識してね」

 女装の王道、女子高生の制服。胸元に飾られた赤い大きなリボンタイが目を引く。スカートと靴下の間から覗かせる、男特有の柔らかみを感じさせない脚や、八十神高等学校の制服より都会をイメージさせる制服姿、何より──、半泣きになっている花村の表情にアキは笑いをこらえきれずにいた。しかし、少しでも笑おうものなら、花村からじっとりとした目を向けられるので、アキは耐えに耐える。

「いやいやいや、似合ってるって!見立て通り!」
「それマジで言ってんのかよ…」
「まあ、ほらほら、いいから座って。化粧するから」
「あー、もう…。やるなら綺麗にしろよな」
「任せておきなさいって」 

  床に脚を伸ばして座った花村が、直接肌に触れた床が冷たかったのであろうか、「冷てっ」と漏らした。アキは花村に覆いかぶさるように、花村の脚の間に膝立ちになる。予め足元に広げておいた化粧道具の一つを手に取り、器用に花村に化粧を施していく。指先でクリーム状のファンデーションを手に取ると、丁寧に花村の顔に伸ばしていく。

「陽介って意外に肌綺麗なんだねえ。羨ましいわ」
「マジ?鳴上の方が綺麗だと思うぜ」
「…そんなに近くで鳴上くんの顔見たことあるの?妬けるなあ」
「…もうちょっと感情込めて言えよな…」
「うっさい、手がブレるから喋らないで」
「…」

 喋らせたのはどっちだ、とでも言うように花村の眉間に皺が増えた。アキはファンデーションのついた親指で無理やり皺を伸ばす。
教室の外では、呼び込みの声が忙しなく響いている。扉を隔てた先がまるで異空間であるかのように、教室の中は静かだった。アキは普通に息をしても花村に聞こえてしまいそうで、(何故かそれが酷く恥ずかしいことのように思えて)出来るだけ息をしまいとしていた。息苦しい。アイラインを引かれる花村が、瞼を強張らせては、緩めるを繰り返す。その姿に、僅かながら劣情を催す。花村の顔を固定する左手が、震える。

「…なあ、手ぇ、止まってんだけど」
「うるさい、色々考えてんの」
「目、開けていいか?」
「だ、駄目」

 妙な空気になってしまうのを避けるように、作業を再開した。段々と落ち着いていく心音に安堵を覚えながら、自らの手によって変身を遂げていく花村の顔をみつめる。少し距離を取り、足元に転がっていたグロスを花村に手渡す。

「後はそれ塗って完成」
「何、最後までやってくれねえの?」
「そのくらい自分で出来るでしょ」

 鏡を片手に、不慣れな手つきで自身の唇にグロスを塗る花村の姿は実にシュールだった。これでいいのかよ、とアキに見せる。可もなく不可もなし、とアキは素っ気なく答えた。

「つーか女子って大変なのな。毎朝化粧するって大変じゃねえの?」
「別に、陽介にやったみたいにガッツリするわけじゃないし。対して時間かからないよ」
「そんなもんなのか?…これ、ちょっと試しに塗ってみろって」
「ええ…いいよ」

 アキとしては特にグロスを塗る必要性を感じないために拒否をしたつもりであったのだが、やたらと強要してくる花村に、アキも意固地になって拒否を続ける。塗る、塗らないの押し問答の末に両手を花村の手によって纏められたアキが、床に背中を付ける形になった。しかし、押され気味のアキも負けじと腕に力を込め、花村の両手を使わせるまでに至った。

「っ、バーカ…。両手塞がれてちゃ塗れないでしょうに…!」
「…じゃあ、手ぇ使わなきゃいいんじゃねえの」

 途端、アキの唇にぬるり、とした花村のものが押し付けられる。グロスが潤滑剤代わりなり、やたらと唇同士が滑る。少し唇を突き出した花村が、頑なに閉じようとするアキの唇を割った。化粧品の味と、唾液が交わる中、言いようのない気持ち悪さを感じる。それに加えて、行為自体には昂ぶってしまう己の素直さに、恥辱を感じた。

「ん…ふっ」
「…やべ、とまんね…ッ」

 花村が、アキの腿にスカート越しに触れる。調子に乗るな、とアキは花村の手の甲を抓るつもりが、力の入らない指先が行き着いた先は、花村の手の上であった。これでは自ら誘っているようなものだと、慌てて手を引こうとするが、花村の手によって押さえ込まれる。

「だめ、だって…よ、すけ…」
「ッ…うるせ」



「アキちゃーーーん!クマ、可愛くなったクマよー!」
 
 
勢い良く開け放たれたドアから入ってきたのは、クマ達であった。 元々立て付けの悪いドアが、悲鳴を上げたようだった。持ち前の素早さで体勢を立て直す二人。慌てて乱れた衣服や髪の毛を整えるアキ達を気にもとめず、千枝達も入室してくる。

「っもー、あんた達、準備遅くない?どんだけ気合いれてんのー?」
「えっ、ま、まあね…!」
「でも優勝はクマが貰うクマよー?そしたらー、クマ、アキちゃんのチッス頂いちゃおうかなー!」
「キ…!」

 クマの”キス”のワードに思わず咽る花村に、アキが花村の脇腹に軽く肘打ちをする。そろそろ出番だ、という鳴上の言葉に、二人は腰をあげる。心なしか足がふらつくのは、情事の所為だと自覚があった二人は、皆の前で平然としていられるほど余裕は無かった。

*

「なんつーか、もう俺ら、完全に見せ物って感じっすよね」
「お前は特に…な」
「…花村センパイも似たようなモンっすよ…」

 体育館へと続く廊下を歩く男性陣の足取りは重い。クマを除いて、背中を丸めて歩く各々の表情も、明るくはなかった。時折聞こえる溜息に、雪子は爆笑を堪えようと必死になる。

「あれ?アキセンパイ、」
「ん?りせ、どうした?」 
「グロスでも付けた?ちょっと取れかかってるよ?」
「え?つけてな…

…!」

 つけてない、と言いかけた所で、先ほどの花村とのやり取りを思い出す。その時についたものだと気づいたその瞬間、顔が火照るのを感じた。不思議そうにアキを見つめるりせの視線が、とても居心地の悪いものに思える。下手に取り乱すわけにはいかないと、行き場のない苛立ちを、花村の背中に拳を食らわすことで紛らわすアキであった。