Silvia

story


夏にまつわる三編

(テニスの王子様/忍足侑士)

 「クソあちぃー」

岳人がおかっぱ頭を揺らしながら樹の影が覆う芝生へとダイブした。忍足もそれに続いて腰を下ろすと、絶え間なく流れ続ける汗をタオルで拭った。先日新聞屋から粗品でもらった下ろし立てのタオルである。走りこみを終えたレギュラー陣がほんの少しの安らぎを求め、次々へと倒れこむように木陰へと入っていった。あの跡部でさえも息を整えるのに時間がかかったほど、今日は晴天である。どんよりとしていた雨雲は穿け、朝方にバケツをひっくり返したような雨が降っていたのが嘘のように陽は照っていた。高い湿度と暑さのダブルパンチで倒れる部員もそう少なくはない。 皆、口々に暑い、暑いと漏らす。口に出せば涼しくなるのかと言ったらそうでもなく、むしろ不快感と厚さが余計に増すばかりである。

最初に痺れを切らしたのは言うまでもなく、跡部であった。こめかみに青筋を立てながら「うるせぇ!」と一喝する。

「これから暑いって言った奴、部活後に裸踊りの刑な」

また突拍子も無いことを言いやがったなと跡部以外の全員がそう思った。忍足の隣でマネージャーであるアキが溜息をつく。面倒くさい男だとアキはため息混じりにそういった。

「跡部ってさ、頭はいいのに寛大な心ってのを知らないよね。ってか理不尽すぎ。」
「やめとき。跡部に聞こえるで」

もう言葉を発するのが面倒なくらい疲労を覚えてしまった忍足。さっき手渡されたスポーツドリンクを片手にゆっくり息を整えた。ぼんやりと遠くを見ていると準レギュラー群が走りこんでいるのが見えた。見てるこっちまで疲れが増してきそうだ、と目線をアキに移した忍足はギョッとする。

「…自分、なにやっとるん」

長ジャージのズボンの裾をめくり、靴を脱いでさらに靴下をも脱ごうとしているアキの姿がそこにあったからだ。傷ひとつない綺麗な素足が忍足の目の前にあった。思わず目線が釘付けになる。早まる心臓の鼓動を抑えようとアキにバレないように深呼吸をした。

「え?さっき水溜り踏んじゃったから、濡れちゃって…。靴下までビショビショだから脱ごうかなって」
「ああ…そうなん、」

鼓動など収まるどころか早まり続けるので忍足は更に焦った。同級生かつマネージャーの素足を見てドキドキするなんてバレたら変態のレッテルを貼られてしまう。そう忍足は恐怖した。暑さでよく回らない頭をフル回転させ、忍足は思いつく。
──せや、話題転換や!
このまま話を続けたらマズイに違いないと踏んだ忍足は話題の転換を試みる。何でもいいから口に出さなければと忍足は焦燥に駆られた。そして良く考えないまま、一言をアキに向かって言う。

「アキ、そ、それにしても今日はホンマ暑いなあ、溶けてしまいなくらいやな」
と。

「…跡部ー!忍足裸踊り決定ね」




(デュラララ!!/平和島静雄)

 朝方、混み合う池袋駅の東口では浴衣のお姉さんたちがチラシを配っていた。金髪をまるで西洋の童話に出てくるようなお姫様みたいに巻いて、化粧を決め込み、それでいてピンクの浴衣を纏った姿は良くも悪くも現代的であった。好き嫌いは別として。彼女らは例外なく私に笑顔で一枚の紙切れを渡す。夜空を背景に咲く夏の風物詩─、花火大会兼、夏祭りの宣伝がそこにはあった。美容院のチラシを貰ったときと同じくただ流し読みをしていたのであった…が、まさかそのチラシを静雄に見せた途端、行くぞと言われると思うはずもなく。

現在夕方6時、まだ陽も落ちきらない中、私たちは屋台が並ぶ人ごみの中にいたりする。静雄曰く、「イカ焼きが食いてぇ」んだそうだ。私が行きたそうな顔をしていて気遣ってくれたのか、それとも本当にイカ焼きが食べたいだけなのか。実際に聞いてみなきゃ分からないことだけれど、まあ、どうでもいいや。 

イカ焼きの屋台を探し、かれこれ10分ほど。熱心にイカ焼きの屋台を探す静雄に対して私はただ静雄に手を引かれるままだった。こういう時に一度、言われてみたい台詞があったりする。『はぐれるといけねぇから、手、繋いどけよ』みたいな。手を握られた時は、来るか、あの誰もが一度は憧れる台詞が!と思ったもののやっぱり静雄の頭にあるのはイカ焼きらしい。くそう、私はイカ焼きに負けたのか。

「お」
「ん?あったの?イカ焼き屋」
「いや、違ぇけど」

静雄の目線の先には射的屋があった。ふと静雄の瞳を覗き込んでみれば、屋台の明かりの反射に混ざって何か光るものが見えた。…180センチ超の身長を携え、こんなところにまでバーテン服を身に纏い、金髪、グラサンという強面の出で立ちでありながら、わずか10歳くらいの少年のような瞳をしていた。
要するに、
「あれ、やりたいんでしょ、静雄」
「悪いか」
「…いや?いいんじゃないの」

*

静雄は気前のよさそうなおじさんに500円を払って銃を受け取った。慣れたような手つきでコルクを詰める姿が、様になっている。外国のB級映画に出てくる主人公みたいだ。台に左手をつき、右手一本で銃のグリップを握る。

「アキ、欲しいモンあるか?」
「んじゃ、あの灰皿。買い換える手間が省けるし、それでいいや」

デフォルメ調のカエルの口が灰皿になっているシュールな奴を指差す。残念賞であることは明白である。
ちょうど昨晩、酔った勢いでガラス製の灰皿を割ってしまったとか口が裂けても言えない。…明らか日本製ではない安っぽい作りの灰皿に狙いを定める静雄。
私が息を飲んだ瞬間、渇いた音がしたと思うと、一拍遅れて灰皿が、落ちる。

「おめでとう、兄ちゃん、あと4発残ってるぜ。好きなの狙ってきな」
「おう。…アキ、二件先にイカ焼き屋あっから先に買ってきてくれ」
「…?おっけー」

言われた通りに改めて商品を狙う静雄に背を向けて、歩き出した。何かこれ以上見られたくない理由でもあるのだろうか。…ああ、静雄も男だったか。まさかあのエッチなDVDでも狙っているだなんて。全く、私に気遣わなくてもいいってのに。理解が無いわけじゃないんだから。
屋台の最後尾に並ぶのと同時に、そう思考に更けっていたのを止めた。前に並んでいるカップルが眼に入る。いつもと違う彼女の晴れ姿にそわそわしている男の子の姿がなんとも微笑ましい。私も浴衣を着ればいつも反応の薄い静雄も何か言ってくれるのだろうか。”可愛い”とか”似合う”も言ってくれたことがなかったから正直、寂しかったりする。…と、いくらか不機嫌な顔をしていたのか、イカ焼き屋のお兄さんがイカをもう半分サービスしてくれた。礼を言い、静雄の所へと戻ろうとすると、不意に肩を叩かれた。そこには射的を終えたらしい静雄が立っていた。
「あ、終わったんだ、イカ焼き何処で食べる?」
「いや、その前に…アキ、目ぇ瞑れ。」
「ええ…なんでこんな処で、こんな時に…」
「いいから瞑れ」
多分、本人は普通に事を言ってるつもりなのだろうけど、威圧感が半端ない。私にNOと言わせない静雄に折れ、大人しく目を瞑る。突然手首をつかまれ、手のひらを上にして開かせられた。何か小さい物が置かれたかと思うと、その上にまた蓋状の物を被せられる。「いいぞ」と言われ目を開けたときに静雄は私の手から、イカ焼きの入っている袋をひったくって、歩き始めてしまっていた。一連の静雄の行動に私は状況を把握できずにいた。取り敢えず手のひらに載っている灰皿を退かしてみると、私の白い手のひらの上に、花をあしらった指輪が一つ、転がっていた。恐る恐るそれを指に嵌めてみる。ピンク色の花弁が私の指を飾った。既に遥か前方を歩く静雄を慌てて追いかける。少し息を切らし追いついた時には静雄はイカ焼きの一串の半分を平らげていた。
「ね、似合う?」
静雄の顔を覗き込みながら中指をチラつかせると、静雄はそれを見、言った。
「薬指にしとけよ」



(VOCALOID/KAITO)

「マスター、暑いです」
「黙っとれ。私も暑い。」

けたたましく合唱を止めない蝉たちに多少のイラつきを抱きながらも、私といえば熱心にパソコンの前でディスプレイとにらめっこである。パソコンの熱と暑さで、汗をだらだらと垂らしながら必死に楽譜を追う姿とはなんと滑稽なことか。テレビの中では芸能人が涼しい顔をしてアイスクリーム特集なんてものをやっている。食い入るようにそれを見つめるカイトに意地悪してやろうと手元にあったリモコンでチャンネルを変えてやった。
「何するんですか!マスター…」

としょぼくれたカイト。

「扇風機の前に陣取って一人、アイス特集とか見ながら涼もうなんてねえ」

と大袈裟に笑ってやると、少しだけ電気の光が揺れたような気がした。しとしとと、夏特有の湿気を含む雨が降り続いている。どんよりとした雲に隠れた太陽は、中々室内を十分に照らしてくれない。私の青色のTシャツは、汗によって色濃く染め上げる。額を伝って目元へと到達した汗は私の目を染みさせる。アンドロイドであるというのに暑さにやられ、ダレるカイトの姿がやけに人間臭かった。

「しょうがないなあ…、8月上旬で私主催”扇風機だけで過ごそうキャンペーン”は終了ですかねえ…」
「なんですか、それ。初耳です。…というか、ただ電気代ケチッてただけじゃないですか…」
「カイトのくせに五月蝿いぞー。ほら、スイッチ入れるんだから窓閉めて、リモコン持ってきて」
「わかりました、マスター。」

なんだかんだ言って従順だなとカイトの後ろ姿を見つめていると、無駄な動きひとつ見せずカイトは私の命令を完了する。まるで犬のようだと思う。従順なところはアンドロイドだからとか関係なくカイトの性分だったりするんじゃないかとか思ったり、時々項垂れる姿が耳を垂れる犬のように見えたり。時々、気づけばカイトがロボットなのを否定している自分が垣間見える。その先にある想いは何か、だなんて考えたことは無かったけど。

「よっし、じゃあクーラー解禁ッ!」

私とカイトが期待を込めつつ、リモコンのボタンを押す。ああ、やっと涼めるのかと、楽園に行けるのかと夢見た瞬間である。─しかし。ピッ、という機械音と共に作動するはずだったクーラーは音沙汰が無いどころか、部屋は暗くなり、扇風機は回転していた羽が休み始め、パソコンの電源は落ち、テレビは暗い画面を映し。硬直した私とカイトは目を合わせる。誤魔化すように少し笑ってみせると、カイトも引きつったような笑みをみせた。

「…カイト、ブレーカー上げてきてくれるかな…」
「…了解です。マスター…」