▽ story

I don't permit you to say goodbye.
私はルルーシュに用事があった。ゼロではなくて、ルルーシュとしての彼に。
ルルーシュの部屋は、相変わらずC.C.が食べ散らかしたであろうピザの箱がテーブルの上に置いてあった。部屋の持ち主は未だ不在である。黒の騎士団のトップとして、今は指揮をとっているところなのであろう。
私は簡単に言うと非常勤の黒の騎士団のメンバーである。気が向いた時にだけ、ナイトメアで戦地へと赴くが、気が向いてもルルーシュがそれを許すことはあまり無かった。結局のところは幽霊部員ならぬ幽霊団員なのである。玉城あたりは私のことをあまり良く思っていないらしい。それもそうであろうと私でさえ納得できるほどなのだから、言い返す言葉など無い。別に目的があって黒の騎士団に入っているわけではないし、そもそもルルーシュがゼロだなんて知らなかったら入団していない。玉城が入団したからには誠意を持って尽くせと言い張るが、正直なところは、黒の騎士団が勝利を納めようとブリタニアが勝利を納めようと、どっちでも良い。どうせ私はカレンと同じくイレヴンとブリタニア人のハーフであるからどちらに転んでも、後ろ盾はある。イレヴンの名家の母とブリタニア人の貴族の父との政略結婚の末に生まれたのが私である。世界がどちらの手に渡ろうとも生活には困らない。
ただ、世界がブリタニアを求めたのなら、必然的にルルーシュは居なくなる。正式にはゼロが居なくなるのであるが、同時に私にとってのルルーシュも居なくなってしまうのである。だから私は黒の騎士団側についた。別に彼の力になれると思っているから所属しているわけではない。ただ、ルルーシュがそこにいるから。
「…何をしている」
「おかえりー。おじゃましてる」
ベッドに背を預け、床に座り込んでいた私をルルーシュは疲れきった顔で見下ろした。ルルーシュが開けたドアから漏れる光で私の存在を認識したらしい。私のことなどお構いなしに着替え始めるルルーシュ。ゼロからルルーシュへと戻る瞬間。今この瞬間を見ることが出来る人間なんて私とC.C.以外に誰がいるのだろう。その細い腰に抱きつきたくなる衝動を抑える。ルルーシュに興味を持っていないふりを装うのが、また労力を使うのだ。自分でも呆れるくらいに私はルルーシュが好きだ。
「何か用があってここに来たんじゃないのか」
「ルルーシュに会いに来ただけだよ」
「どうせまた、親と喧嘩でもしたんだろ」
夕方から夜へと変わるまでの紫かかった陽が、薄暗い部屋の中でお互いの雰囲気を読み取り合いながら会話をすることを成立させた。あまりお互いの顔が見えないのが心地いい。人の表情を読み取りながら会話をしていくのは好きじゃない。 C.C.はというと、帰ってきて早々ベッドの上だ。帰ってきた途端に頼んだピザを待ちつつ、ピザ屋のポイントシール台紙を見つめている。
部屋着に着替え終わった彼は、完璧にルルーシュ・ランペルージだった。私の隣に腰掛ける。ルルーシュが元から体力が無いのは知っている。しかし、私の肩に頭を預けるほど疲れているとは思わなかった。積極的に人の体に触れる方では無いであろうあのルルーシュが。私の肩など位置が低すぎて、頭を乗せにくいであろうに。
「ルルーシュ、お疲れさま」
「…ああ」
会話も短い。別に詮索する程でもないし、人並み外れた集中力を使っていたんだ、無理はない。ルルーシュの質の良い、束になった髪の毛をほぐすように弄ぶ。後頭部を撫でると、ルルーシュは目を細めた。何も考えず、ぼうっと、女一人に髪の毛をいじられているこの青年を、誰が、ゼロだと思おうか。
C.C.が、ふっと何かに呼ばれたように起き上がった。何も言わずに部屋の外へ出る。大方、ピザの配達が到着したのだろう。
短い時間だとはいえ、ふたりきり。何かを期待してしまう私は少し、愚かだ。
「あのさ、ルルーシュ。聞きたいことがあるんだ」
「なんだ」
「私に、ギアスをかけたことはある?」
勢い良く私の肩から、ルルーシュは頭を上げた。
唇を噛み締め、私の両肩を握りしめた。正面から、私の目を離そうとしないルルーシュの目。これでいつでも、ルルーシュは私にギアスを外さずにかけることが出来る。
「俺は、お前とナナリーにだけはギアスは使わない…!今までも、これからも…!」
「良かった…、
じゃあ、ルルーシュは今この瞬間にでも私にギアスをかけることが出来るのね」
「!?何を言って…」
一度ギアスを使った相手にはギアスは効かない。今までに私の知らないとこでギアスが掛けられていないのならば、これからだって可能性があるということ。その可能性を、今、実現させたい。私の願いを叶えて欲しいという身勝手な理由で。驚いた表情をしているものの、きっとルルーシュは私の発言の意味を何通りも考え出しているのだろう。その中に答えはあるのだろうか。
「私にもギアスを掛けて欲しいの。たった一言、『俺を忘れろ』って言って?
きっと私はルルーシュにとっての障害になると思うの。私がルルーシュを好きな限り、ルルーシュが私を大切にしてくれている限り。」
先ほどの驚いたような表情とは打って変わって、いつも通りの冷静なルルーシュの表情。おそらく私の要求には納得もしていないし、承諾する気も無いのだろう。それは分かっている。分かっている上での”お願い”だった。
本当はルルーシュの為なんかじゃない。ルルーシュが夢を叶える為には、私の、”私だけを見ていて欲しい”なんて凡人の願いが通る筈がない。だったら根本的にその気持を消してしまえば良い。しかし、自分で出来るのかという質問は愚問である。それ故のルルーシュへの要求だった。
ルルーシュが両手で私の顔を固定する。ルルーシュのその左目に私が映る。
あとは、ギアスが発動するのを待つだけだ。
「馬鹿なことを言うな」
私の両手を彼が指を絡ませ、拘束する。拘束されたままの両手が頭上で固定された。背はベッドの縁に預けられる。状況が把握できたと思った瞬間、唇はルルーシュによって、長く、長く塞がれる。息をしようとしても、それさえも許さまいとするように、ルルーシュが逃げる私の顔を追う。やっと息が出来たと思ったら、次の瞬間にはルルーシュの舌が私の息継ぎの合間を縫って入ってくる。不規則なリップ音が部屋に響く。抵抗し、絡められた指を解こうとしても、解こうとする度にルルーシュの力が強くなっていくばかりである。
もう、限界だと、脳が酸素が足りないと信号を出した途端、ルルーシュが私の唇から離れ、指の拘束を解いた。
代わりに、そっと私を自身の胸へ閉じ込める。
「忘れられる側の気持ちも考えてみろ」
そうか、ルルーシュは一度経験していたんだ。一度、彼はシャーリーという友人を失っている。その辛さを今度は私という存在で再び体験する事を、ルルーシュは望んでいない。もし、自意識過剰と言われないのであれば…、立場上恋人関係にある私を失うことになるなら、ルルーシュは…。
「…ごめんなさい」
ルルーシュの胸に、体重を預けると、ほんの少しだけルルーシュの力が篭ったような気がした。
*
ルルーシュ、あなたは最期まで世界を見ていた
私は、あなたが居なくなった時に、自分自身にギアスをかけたの
あなたが、ギアスを掛けてくれなかった代わりに、自分で。
私が死ぬまで、あなたの代わりに、ゼロと共にこれからの世界を見ていこうと
少しでも、あなたが幸せになってくれるように、願いと言う名のギアスを。