▽ story

アイリスは死んだ 04
「三成とはもう恋仲になったんだろう?」
「っと…何の話ですかね……」
あれ、違ったのかい、と首を傾げる半兵衛様は少し意地悪に笑った。
あの体育祭以来記憶をほぼ思い出すことが出来た今、三成との関係がただの主従関係ではなかったことも思い出した。いわゆる恋仲、というなんとも甘酸っぱい響きで、頭が時折(恐怖やら羞恥やらいろいろで)くらくらしそうになる。一番最初に私が”三成様”と呼んだあの日から、三成様が異様に私に優しく接してきた理由も理解できないはずがない。更には体育祭の日を境に、私が幸村達とつるもうとするものなら私をその身体の背後に隠してしまうのだ。そう、これを世間一般では束縛という。
「一途だとは思わないかい、三成君は現世に生を受けて君の事を思い出してからずっと、君だけを見つめてきたんだよ」
「そりゃ今だから惚気にも聞こえますけど、ついこの間までの私が聞いたら恐怖以外の何物でもないと思いますけどね」
「…アキだって三成君への気持ちは変わってはいないんだろう?なんで三成君を避けるような真似をするのか疑問に思うよ」
あのね、半兵衛様。前世は前世、現世は現世なのですよ。そりゃ三成様を慕う気持ちは変わっておりませんよ。これだけは変えられようもないし、変えたくないし。ただ、こう気持ちが繋がっている前提で物事を進められてもさ。行き成り腕を引っ張られたかと思うと、抱擁、とかされてみなさいよ。心臓縮むって。
もともと言葉の多い人じゃないし、人間の三大欲求とかなり無縁そうな人だから(特に性欲…)好きだとか愛してるとか言うところを想像することは難しい。けど、ただ、前世の私は確かにそういう言葉と共に求められていた。でも、今の私には”何にも構うな、私の傍にいろ(意訳)”みたいな態度しかとられていないわけで。
最近そのことばかりに頭がいくのだけれど、最終的には『ああもうごちゃごちゃと本当私ってば女々しい!死にたい!でも一回死んだから当分いいや!』っていう訳の分からない思考に落ち着くのだ。
「とにかく、私は一旦気持ちを確かめ合う事から始めたほうがいいと思うんですよ。前世は前世での私達があったけれど、一遍私達も私達の関係も死んだのだからリセットしたも同然でしょ。ただ記憶があるだけで。だから”私は三成様が好きです”、”はいそうですか私もです”ぐらいの単調さでいいから、そういうのが欲しいんです!」
「……ぬしの面倒くささも相変わらずよ、ヒヒッ」
「吉継さま、サラッと言いますけど結構傷つくんですよ」
私の周りの人達──かすがちゃんもお市ちゃんも、話を聞けばお互い記憶が戻った途端にそれぞれの人達と関係を結んだという。何の疑問も持たずに、むしろこの平和な西暦二千と幾年に生まれて、またかつて愛した人と会えただけでも幸福だとも言った。果たしてそれが良いか悪いかなど各々の主観によると言ってしまえばそれまでなのだけれど。
*
「つまり、既にお前は私の物で私はお前のものだが、前提となる言葉が欲しい、と」
「…随分情報がお早いのですネ……、てかなにその平等ジャイアン…」
情報元は大方吉継様でしょう、間違いなく。同じ場にいた半兵衛様も疑う余地はあるのだけれど、こういう色恋が関わる場合、あの方は取り敢えず黙っておいてここぞというときに情報を小出しにして独りで楽しむお方だ。今回は間違いなく吉継様だ、くそう。
三成さまの部活がない日の授業の終礼が終わると、寄り道もせずに家に連れてこられるのは毎度のことだった。私を驚かせたのは、何の因果か分からないけれど、この家に秀吉様、半兵衛様、吉継様と共に住んでいるということだった。それにこのことは本人達の意思ではなく、様々な結果の末にこうなったという。…私だって、私だって最初から秀吉様達にお仕えしてたというのに、何故外れているのだろう。と、何かの節に三成さまに漏らすと、「数年もすれば貴様もこの屋根の下で暮らすことになる心配に値しない」とのお言葉を頂いた。うん、どういう意味だ。
「あと、その、様付けが気に食わん。三成でいい」
「はあ」
「敬語もいらん。この時勢に恋人に対して低姿勢な女など阿呆かと思われる」
「へえ」
決して適当に三成に返事をしていたわけじゃない。ナチュラルに私達の関係が恋人同士だと発言したことにちょっと意表を突かれただけだ。ダイニングテーブルを挟んだ先の、少し冷めかけたコーヒーカップに口をつけている三成が奇っ怪なものを見るような目で私を見つめた。
しかしとも、正直な所敬語と様付けをしなくていいというのは非常に助かる。封建制など遠の昔に崩れ去ったこのご時世、やっと三成と対等になれるのかと思うと恐れ多くも嬉しかった。そういえば、昔は──やたらと三成の後ろ姿ばかり見ていた気がする。
「…文句があるようなら言ってみろ」
「え、あ、いや、三成も周りの目とか気にするんだなあ、と」
「前世は前世、現世は現世と文句たれたのは貴様であろう」
「…そうでしたね」
別にそういう意味で言ったんじゃないんだけどなあ、と口にはしないが苦笑いを思わずこぼしてしまう。途端に片眉をぴくりと動かした三成が、フンと鼻を鳴らすように笑った。くそう、こっちの気も知らないで。
三成は私のアホ面も見飽きた、と言わんばかりに席を立った。もともと几帳面な人たちの集う家なのか、整理整頓の見本のようなリビングに備え付けられたソファに腰を落ち着けた。こちらからは表情が伺えない。なんだかなあ、とぼんやり三成の後頭部を見つめる。そういえば、三成と話し始めたきっかけは教室の席が前後したからだったのを思い出す。あの時の三成は私とどういう気持ちで接していたのだろう。記憶などまっさらであった私に対してもどかしさを抱いていたのだろうか、それとも苛立ちか。もし、もし私の方が先に記憶を取り戻していたとしたら、すごく辛かったと思う。という事を考えると、少し三成に対して申し訳ないことをしたのかもしれない。完全に不可抗力だけど。
「……アキ、」
「…はい」
三成がいつもと変わらないトーンで私の名前を呼ぶ。
「愛していると言えば満足か」
こちらなど一切目もくれずに、ただ、単調に、三成は呟いた。
tytled by トロールとスヌス様