▽ story

va ffanculo!
「アキ、顧客リストは何処だ?」
セブンスヘブン閉店後、ティファと一緖に後片付けをしていると、後ろからクラウドが問い尋ねてきた。そういえば昨日、目を通した後はそのままデスクの上に置いて寝たような気がする。
「私の部屋のデスクの上。勝手に取って行っていいよ。」
と言うと微かに頷いてクラウドは行ってしまった。再び、ティファと談笑しながら客の残していった吸殻や残飯を片付け始めた。クラウドの登場で、話の中心がクラウドに転換し、少したった後、私はふと、思い出す。
─そうだ、私、昨日顧客リストをチェックした後…、”あれ”にも目を通してから、そのまま…
頭の中が一瞬、白くなった。しまった、と口に出した時には、私は雑巾を置いて自室へと走っていた。驚いた表情のティファの横を通り抜けつつ、ゴメンと謝りながら階段を2段飛ばしで登っていく。開けっ放しの部屋をくぐり、最初に見たのは、紙の束に目を通しているクラウドの後ろ姿だった。なるべく平静を装い、クラウドに話しかけた。
「…あった?顧客リスト、」
「どういうことだ、これは」
いつもより低いクラウドの声が私の鼓膜を通り抜けていった。顔を見なくてもわかる。クラウドは今、怒っている。振り向かれるのが怖い。どんな言葉を聞かせられるのだろうと身構えた私を待っていたのは、私が思っていたのとは反対に、いつもと同じ通りに私に問いかけるクラウドの声だった。
「此処を、出て行くつもりなのか」
「…住むところが、決まり次第だけど」
住宅情報が印刷された紙の束はクラウドの手の中にあった。間取りが気に入ったものや好物件のものには所々に付箋がついている。クラウドは、それらを一枚一枚見ていくと、ほんの少し、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさでため息をついた。私はその溜息の意味がわからないまま、クラウドの視線に耐えていた。
「…何が気に入らないんだ?部屋が嫌なら他の部屋と交換したっていい。他に気に食わない所があれば善処する。」
「…そうじゃないんだ、違うんだよクラウド」
「…居心地が、悪くなったか」
「それも違う」
首を振ってみせると、クラウドの困惑した顔が一層、強くなった。私はクラウドを困らせたいわけじゃなかった。クラウドに知られると、こうなることは分かっていたから、敢えて言わずに事を進めていたのに。本当、私は肝心なところで爪が甘いんだと思う。だから過去にもセフィロスに殺されそうになったりするのだ。…それを助けてくれたのもクラウドだった。ずっとずっと私を助けてくれたのはクラウドだった。でも、クラウドが助けるのは私であっても、クラウドを助けるのは私じゃない。いつだって、私より強いあの人だった。だから、私は二人の幸せを願ってひっそりと身を引こうと思っていたのに。
「…元々、あの時が終わった後、住居が決まるまでここにいるって約束だったじゃない。でも、いつの間にか私の部屋に物が増えて、ここに私の居場所があるって分かってしまって。沢山の時間をクラウド達と過ごして…。居心地がいいと思ってしまった。だから駄目なんだよ。私は最初から一人だったから、これからも一人じゃなきゃ駄目なのに。自分が自分でなくなってしまいそうになる」
キュ、と自分の腕を握り締め、唇を噛む。前歯によって私の柔らかな肉は食い込んだ。
「だったら俺が支えてやる。俺だけじゃない。ティファ達も一緖だ。
アキが居なくなったら、デンゼルもマリンも皆、悲しむ。」
「皆が…悲しむ?じゃあ、ク…」
「クラウドはどうなのよ、と」
突然現れた第三者に、私とクラウドは同時に驚かされる。話に真剣になっていて、周りの状況などお構いなしだった。人が入ってきたことにも気づかなかった私は自分自身に呆れた。よりによって事情を知っている人物が話に介入してくるだなんて。タイミングが悪いし、私の人選も悪かったと思う。たまたま悩んでいたときに事を相談したのがレノだったなんて。それからずるずる、と部屋探しやらを頼んでしまっていた。何故かは知らないが、なにかとレノはクラウドに突っかかる。こんな場面、レノにとっては絶好のチャンスかもしれない。
「…レノ、人の部屋入ってくる時くらいノックしなさいよね」
「じゃあ扉くらい閉めておけよ、と」
内側に開いているドアをコンコン、と二回ノックしてみると、レノは薄く笑った。私をおちょくっているのか、余裕の笑みを見せる。少しイラつきながらも要件を聞くと、部屋探しの成果を持ってきてくれたらしい。レノはノートくらいの大きさの茶封筒を手にしていた。一方のクラウドは、私たちのやりとりを気にしながらも目を逸らした。
「頼まれてた部屋探しの方だけどよ、一件だけ超好物件があったぞ、と。聞いて驚け、ボディーガード兼恋人付きの敷金は勿論、家賃0の物件だ」
「はあ?」
「俺ん家に来いよ、と。寂しくなんかさせねえぜ?」
レノはわざとクラウドに聞こえるように私の耳元で囁いた。それでも反応を示さないクラウドに私は寂しさを覚えた。相変わらず手元の紙を眺めているクラウド。遠まわしに告白されたことには少なくとも私は気づいている。クラウドはどうなのだろうか。無反応、ってことは私に興味がない証拠なのだろうか。…と思っていたらクラウドは突然、私へと再び視線を送る。
「行かないで欲しい」
「なんで?」
「…大切、だからだ。アキが…」
大切、だから。それは仲間として。昔一緒に戦った戦友だから。だから、大切。大切な物は近くに置いておかないと心配になる。それと同じなんだろう。私がクラウドに抱くような特別な大切じゃないことは既に分かっていた。だから、ついひねくれたことをクラウドに言ってしまう私が大嫌いだった。
「…クラウドさあ、子供の頃宝箱とか持ってなかった?」
突然話題の方向がブレたことに?マークを頭に浮かべるクラウドとレノであった。「持っていたが…?」と返事をしたことに私は「そう」と冷めた口調で言った。
「クラウド、さ。宝箱には何でも入るわけじゃないんだよね。限度があるの。大切だと思ったものを何でもかんでも入れていったら、いつかは溢れてしまう。蓋が閉まらなくなっちゃう。選ばなきゃ駄目なんだよクラウド。一番大切な物を一番最初に入れて、それから二番目三番目って入れてく。それと一緖でね、私はクラウドの大切な物であったとしても、溢れていった物の内に入ると思うの。だけど私はいつでも一番最初に入りたいって思ってた。私はクラウドに選ばれて、ずっと長い間愛して欲しい玩具と同じなんだよ。…そんな自分が嫌になったからさ、此処を出て行こうかなって思ったんだけど」
遠まわしに遠まわしを重ねたクラウドへの告白のつもりだった。しかし、あの頃…エアリスが生きていた頃、あれだけ彼女がクラウドにアピールしても気づかないくらいクラウドは鈍感だった。元々人に何か伝えることが得意では無い私のこの話で何か伝わっただろうか?隣にいるレノはもう既に事情を把握しているだけ、私の今の話の内容の解釈は出来たらしい…けれど。
「…さて、どうするんだよ、と。アキちゃんは来るのか、来ないのか」
「ああ、レノの家に、ねえ」
にやりとクラウドに視線を向けた後、頭一つ分大きいレノの耳へと口を近づけた。精一杯背伸びをしてレノに一言告げると、レノも私に微笑をみせる。私はクラウドの顔も見ずに部屋を後にした。多分、これ以上話を続けていたら私は泣いていたに違いない。嫉妬にまみれた汚物のような感情がぐるぐると飽きずに胸の内側を回っていた。
*
「お前さ、本当は分かってるんだろ?自分がアキに対してどう思ってんのかとか、よ」
「俺は…」
「お前も相当不器用だぞ、と。ウチのイリーナに負けねえくらい不器用だ。なーんで自分の想い一つ伝えてやらないかねえ」
ハッ、と笑ってみせるとクラウドは俯いた。叱られた後の子供みたく、唇を噛んで目を伏せていた。その姿が面白くて、つい追い打ちを掛けたくなる。嫉妬をそのままの形でぶつけられる機会なんてめったに無いし、多分これが最後になるんだろう。世界を救った英雄を罵るのが楽しいだなんて、相当性格が悪いと自分自身感じる。
「お前には悪いけど、俺もアキが好きなタチでよ、と。でも何回好きだとか愛してるとか言ってもこれっぽちも聞きやがらねえ」
「でも、アキはお前のところに行くんだろ。俺は…あいつがそれでいいなら、それで構わない。」
アキ と俺のさっきの表情の意味を悪い方向へと捉えたらしい。見事手中にハマってくれたことに俺は少しばかりの快感を覚える。他の男のところへと愛した女が行ってしまうってのに。俺がそれなりに手を加えれば傷心のアキを手に入れることだって不可能じゃなかったかもしれない。それでも俺のフェアな精神がそれを許そうとはしなかった。…というのは建前で、本当はクラウドに完全に心が向いていたアキを口説き倒す自信がなかったからだ。
「お前さっきの話、何を聞いていたんだよ、と。つーか、さっきアキは俺になんて言ったと思う?”興味ないね”だとよ。さて、じゃあアキちゃんは何処に住むんだろうな、今までの話から今日は帰ってこねえんじゃねえの?」
はっ、とした表情を見せたクラウドが俺を見据える。何かを決心したような目が俺を貫いていた。卑怯な俺の濁った目とは正反対にクラウドの真摯な魔晄色が二つ、そこにはあった。
「レノ、ありがとう」
ボソリと呟いてクラウドは足音を響かせながら駆けていった。
…きっと今頃はアキの腕を取って、想いを伝えて、キスと興じているんだろう。眼に見えるようで嫌だった。俺は煙草を一本取り出すと、火をつける。ニコチンが肺へと到達したからだろうか、妙に胸が縮んだように苦しかった。
「何が”ありがとう”だよ、と
クソったれ、」
火を付けて早々、スチール製のケータイ灰皿に煙草を押し当て、火を消す。手に持っていたままの─、本当はアキの手の中にあったはずの茶封筒を床に叩きつけた。自宅のスペアキーが紙の束と一緒に勢い良く封筒から飛び出した。中途半端に部屋の隅に転がったそれを、踏みつけた後、つま先で机の下へと蹴り込む。金属音を響かせて見えなくなったそれを尻目に俺は部屋から出て行った。