Silvia

story


トライアンドシークレット

「尊サンとアキサンってその、恋人同士なんすよね?」
「せやけど、いきなりどうしたんや」
「なんつーか、こう、互いに一緒にいたがらねえなーと思って」
「…まだまだお子様やな。…なあ八田ちゃん、プラトニックラブって知っとる?せやから伏見に──、いや、なんでもあらへん」
「…」

 アキは聞こえてるぞ、と二人にツッコミを入れそうになる。草薙がカクテルのベースとなる酒のボトルを選定し始めた所で、八田との会話は途切れた。色んな意味で不満足そうな顔をする八田の隣に、アキはカウンターの席を移動する。突然のご本人登場に些かぎょっとする八田であったが、手元のオレンジジュースを口にしながら動揺を抑える。
確かに、と草薙は一瞬手を止めた。元々人に固執するタイプではない周防が、自分の女だと(言葉にはしなかったが)意思表示をした時は驚いたものの、それ以来、同じ空間にいたとしても二人が並んで座ることはおろか、積極的に会話をしている所を見たことがなかった。アキもアキでベタベタするタイプでも無いし、一見すると不自然では無い気はするが、恋人という関係性を考えると腑に落ちないのである。吠舞羅の参謀として、周防の動向をある程度把握できる草薙が、周防のアキとの恋人同士としての接触の多さを考えると、ほぼ皆無に近いことに気がつく。恋人同士としての営みを、垣間見せない二人にはどのような意図があるのかも理解しがたかった。本当に純粋に精神だけの繋がりを糧として繋がっているのか──。まさか、いい年して、恥ずかしいからということでもあるまい。

「出雲、お酒まだ?」
「ウィ マドモアゼル。ただいまお出ししやす」
「さて、と。八田、さっきの全部聞こえてたからね」
「べ、別に深い意味はねえ、けど」
「まァ、気にはなるのは分からなくもないけど。…私をどうしたいかも、私とどうしたいかも尊次第なのよ。私はそれでいいと思ってるから文句の一つも無いけど。それ以前に尊は王様だからね、王様は王様なりに多少は傍若無人でいいと思うのよ」
「それでアキさんは──」
「寂しく無いんか。…スタンダードな所でアビエイションにしといたわ。色々複雑そうな貴女にスマートなところがええやろ」

 礼を述べてカクテルグラスを受け取るアキの表情を、八田は盗み見る。大した表情の変化も見られずに、アキはグラスに口をつけた。アキの吐く息で水面が揺れる。唇に付着した雫を自身の舌でぺろりと舐めとる仕草が、なんだか見てはいけないもののような気がして、八田はそっと視線を逸らした。

「寂しい、複雑、ねえ…。ふふ、あんた達の心配もありがたいけど、それ以前に意外と尊も”男”なんだけどね?」
「ほう、それは興味ありますわあ…。酔った勢い、って事で全部お聞かせ願いたいところなんやけど。尊にバレたら消し炭にされそうですわ」

 おお怖、と草薙がふと輪の中心にいる周防を見やると、不機嫌そうなキングの目とかち合う。下手に逸らすことも出来ずにいる草薙は、サングラスの奥で目だけにっこりと笑ってみせる。グラスがテーブルにぶつかる音や腹の底から出される笑い声がいくつも聞こえる中で、視覚だけフリーズしたかのようだった。草薙の挙動に気づいたアキが草薙の視線の先を辿ると、ソファから腰を上げた周防がこちらを見据えていた。

「お、俺、鎌本んとこ行ってこよ…」
「…逃げよった」

 八田がそそくさとまだ半分以上残っているオレンジジュースのグラスを持って、多々良の周りに募る仲間の元へと落ち着く。すれ違い様に見た周防の眉間にはいくつもの皺が刻まれていた。八田の目測でいつもの1.3倍──、誰の目から見ても不機嫌だと言う他になかった。案の定、草薙の想定したとおり、周防は不機嫌な表情のままアキの隣に腰を下ろす。先程八田が置いていたオレンジジュースのグラスから滴ったであろう水滴を怪訝そうな目で眺めた。それに気づいたアキが、カウンターの隅に置いてあったクロスで拭き取る。

「ご注文は?」
「…こいつと同じの」
「ウィ ムッシュ」

 草薙は返事をした後で、ジンのボトルが切れているのに気がつく。カウンター内の端に寄ると、カウンター下にストックしてあったジンを探す。再びアキがカクテルグラスに口つけ、周防の方を見ずに唇を動かした。

「なあにそんなに不機嫌なのよ」
「…うるせえ」
「それに、今日はどういった風の吹き回し?珍しいじゃない、私の隣に座るだなんて」

 その時、赤が揺らめいたような気がした。気がつけば自分の顔のすぐ横に周防の顔が来ていた。頬と頬が擦れる。下から覗き込むようにアキの瞳を凝視する周防より、少しばかり目線が高くなる。久しぶりにまじまじと観察してみると、意外にも、王の眼を縁取るまつ毛が長いことに意識がゆく。何故だかそれが愛おしく、申し訳程度に口に孤を描いてみせると、それを待ってたかのように周防は口付ける。軽く開いた唇から、少ししっとりと濡れた舌先同士が触れた。リップ音は、人の声にかき消されて、到底誰かに聞こえるものでもなかった。草薙がカウンター下から頭を上げたのをきっかけに、何事もなかったかのように、互いに座り直す。

「あれ、アキ、どんな魔法使ったん。えろお尊ご機嫌やないか…。俺が目ぇ離してる間に何があったん」
「…別に何もねえよ」
「キングの仰る通りで」

 ジンのボトルを片手にして、不思議そうにする草薙に、アキは一つ草薙にウィンクを飛ばす。草薙は、せめて心臓を撃ち抜かれないように、とキングの晩酌の用意に専念することにした。