▽ story

Out of the mouth comes evil.
灰皿には目一杯の吸い殻が溜まっていた。自ら捨てに行く気力もないので吸い殻と吸い殻の間に無理やりねじ込むようにまた新たな一本を差す。日に日に本数が増えていくごとに健康という文字が擦り切れ、その代わりに加齢という文字が頭をよぎった。そういえば今日でまた年をとったのかとついでに思い出すと益々老けたように感じる。たかが一歳年をとっただけで劇的に何かが変わるという訳でもないが…。ここ近年では相も変わらず雑務に追われている。先日のストレイン捕獲についての資料をまとめているわけだが、調べれば調べるほど芋づる式にきな臭い動きが露わになり、頭を抱えたくなる衝動に駆られる。もし私でなく誰が責任者になれば花の金曜日を謳歌することも夢ではなかったのにと無闇に責任転嫁もしたくなる。また一本、煙草に手を延ばそうとするが、ボックスの表面をなぞるだけで終わる。今朝購入したばかりなのに先ほどの一本でラストだったようで箱を振ってみても無音で空を切るだけだった。
「さて、煙草もなくなったようですし終業としましょうか」
「…見ていたんですか」
室長が失礼、と私の足元にあるゴミ箱に空箱を静かに入れる。終業と言われても何一つキリが良くないので続けたいのが本音であったが、これ以上やってもから回るのが目に見えているし、何より室長がこう言うのだから頭を縦に振らざるをえない。
「今日は貴女の生まれた日でしょう、本来なら一日をかけて祝うべきなのでしょうが、生憎私も貴女も忙しい」
「室長と私じゃ忙しいの度合いも異なりますよ。まず前提として能力もちが─」
「自分を卑下するのはお辞めなさい。貴女はよくやってくれていますよ」
「…左様ですか。申し訳ございません」
宗像礼司はそう言うと眼鏡の奥で笑う。
*
「何か食べたいものでもありますか。ご馳走しますよ」
「いいえ…特には。誕生日だからといって特別なことなどしなくてもいいんですよ」
「特別なことなどと思ってはいませんよ。貴女に嬉しいだとか楽しいと思って頂ければと」
「…ありがとうございます」
荷物を詰めつつ、かと言って返答が雑にならないように気をつける。この人のことは好きであるし、もとい…そういう中ではあるが気が抜けない。私の方が年上であるとはいえ上司であることには変わりがないし、その前提が崩れてはならないという私の中の掟があるからだ。ただ、そうのような緊張を持つ側面、バランスをいかに上手く保つかが案外楽しかったりするのだ。屯所を離れれば後はプライベートだ。そこまでは上司と部下の関係。そこは譲ることが出来ない。
私服に着替え、第四分室を後にする。このままどこかのバーで洒落こむのも嗜みかとは思うが、如何せん気力がない。正直に言えばこのまま自室のベッドにダイブしたいというのが本音ではあるがこの人の前ではそう言えるはずもない。
「随分とお疲れのようですね」
「…否定はしません」
「そうですか。でしたら私の部屋に来ませんか。美味しいワインも用意しているのですが」
どこか行きたいか聞いておきながら自室に連れ込む気満々だったのか、と口を挟みたい衝動に駆られたが、いつものように飲み込むことで抑えた。自分のツッコミ気質もなんとかしたいものだ。肯定の意味で小さく頷くと、私の左手を優しく取り、再び歩み出す。
*
元々アルコールに強い性分ではないため、二人でボトル半分を開けた時点で大分意識もぼんやりとしている。加えて疲労による眠気も相まってろくな判断力も持ち合わせていない。かの宗像礼司と言えばそんな私を酒の肴にするような目でワインを一口、また一口、運ぶ。
「礼司さん、私もう寝たいです」
「おや、貴女から誘うとは珍しいこともあったものですね」
「…その言葉副長が聞いたらどうお思いになりますかね」
「ちょっとした冗談ですよ」
冗談、と言いつつもワイシャツのボタンを外しにかかる彼に何も言えずに、されるがままに胸元を見つめているだけの自分がいる。
「…あなたも世俗的な行為に興味がお有りだとは出会って間もないころの私だったら考えもしなかったでしょうね」
「私も神ではなく人間ですよ。人並みに愛することを知っているし、愛されることも知っている」
最後のボタンを外し、開けたワイシャツの隙間から脇腹を冷たい指先がなぞる。そこから波紋のように肌が粟立つ。
「でも、王様じゃあないですか」
だったら貴女と対等じゃないとでも、と返されそうだったのでまた一声を飲み込む。おそらく、あとはその代わりに嬌声がこの静かな部屋を支配するだけであろう。