Silvia

story


L'appétit vient en mangeant.

我らが王の背中は、大きそうに見えて、実はそうでもない。ちょっと前に、ボロボロのソファにシャツ一枚で寝る尊さんの後ろ姿を観察した結果だった。身長も大きいし、一見大柄に見えるが、なんというか…物凄くシルエットが綺麗な人なのだ。今現在も、私の目の前で寝ている尊さんが身体を捻る度に、腕の付け根から腰にかけての曲線が動く。美しく見えるよう計算されて創られたかのような曲線に、尊さんは”格好いい”じゃなくて、”美しい”の類なのではないかと思い始めた。髪の毛だって、クスミのないとても綺麗な赤だし、炎を操る手も、大きくて形がいい。まるで神様から祝福されて生まれてきたような人だと思った。物凄く誇張しているとは思うけれど、尊さんが赤の王として生まれてきたのだとすれば、あながち的を外した表現だとも思えなかった。
 …こんなこと、絶対他の人には言えない。出雲は苦笑いを返して来そうだし、美咲は…冷めた目で見てきそう。多々良は多々良でストレートに、『気持ち悪っ』て言ってくるだろう。そう、私は自分自身で気持ち悪いと思う程に尊さんが好きなのだ。憧れとしての”好き”ではなくて、れっきとした恋心を持っている。尊さんが寝入った頃を見計らい、部屋におじゃましてその寝姿を拝みに行き、そして尊さんが起きるギリギリを図って、気づかれずに部屋を出て行くという、精神をすり減らすような行動をするくらいには。今日でかれこれ4回目だ。回を重ねるごとに飽きが来るどころか、日をまたいで改めて気づく事があるのが面白い。
 …そういえば、出雲が”2時になったら買い物に行ってきてほしい”と昼食の時に私に言ったのを思い出す。忘れ去られたように部屋の隅に転がっている小さな置時計は、間もなく短針を2時にあわせようとしているところだった。しょうがない、こればかりはさぼるわけにもいかないと、重い腰を上げる。尊さんの寝姿に名残惜しさを感じながら、ドアノブに手を掛けた。

「…まだ俺は起きるつもりねえ」

 空気の下の方を伝うような低い声が響いた。思わずドアノブに掛けた手が滑り、ドアノブはバネの力によって元の位置に跳ね戻った。はっと尊さんの方を振り返ると、身体をこちらにむけて、真っ直ぐ私を見ていた。マズい、とか見つかった、という危機感の前に、尊さんがやたらと柔らかい表情をしているのに気づく。私はてっきり、人の安眠を妨害しやがって、とか無断で人の部屋に入った上に寝ている所の観察なんぞ趣味が悪い、みたいな顔をされると思っていたのだ。

「なんで来た」
「え…と、ごめんなさい。尊さんの傍にいたくて、つい」
「俺はまだ起きるつもりはねえ、居たいだけいればいいだろ」
「…出雲さんが、買い物に行って来いって」
「放っておけ」
「…いや、でも」

 尊さんが、目で”こっちへ来い”と私を促した。私の解釈が間違っていたらどうしよう、という不安を抱きつつ、恐る恐る尊さんへと近づく。そのまま尊さんは私の手首を引っ張り、バランスを崩した私を器用に自分とソファの背もたれの間に収めた。足元に落ちていた、くすんだ色の大きなタオルケットで私と尊さんを覆い隠す。”これなら見つからねえだろ”と言わんばかりの尊さんの顔が、私の頭のすぐ近くに来る。一瞬のことで、何が起きたか分からなかった。私の胸と尊さんの胸がくっついて、二人分の心臓の鼓動を感じ取った時には、もう、どうしていいか分からずにいた。尊さんの鼓動の速さを、私のが追い抜いていく。そんな人の気も知らずに、再び寝息を立て始めた尊さんはやはり、どこまでも美しいと思った。緊張も、解ける頃が丁度いい。尊さんの温度と相まって、まどろんでゆく。瞼が落ちきるその時に、尊さんの喉から押し殺した笑い声が聞こえたような気がした。