▽ story

せめて格好つけて言わせてよ
私の秘密を、山口だけは知っている。最初出会った時こそ、月島の金魚のフンくらいにしか思っていなかったのだけれども、実際話してみると、本当は凄いいいヤツで、ちょっと自分に自信がない歳相応の男の子だった。大抵の話の出だしは、「ツッキーがね」で始まる。好きのベクトルこそ違うけれども、月島に好意を持っている者同士で意気投合しないはずがなかった。
近寄りがたいオーラを常に纏う月島を、遠目で追う女子は少なくない。私だってその内の一人だし、特に月島と接点を持たない私にとって山口は月島のことを知る手がかりだった。そんな山口の悩みは女子にやたらと月島の事を聞かれること、らしい。いつだかぼそっと出た彼の悩みに、私が合致している事に対して謝ると、「新藤は別」という返答をされた。山口にとって一方的に月島の事を聞かれるのと、一緒に月島の事を話すのとはわけが違うらしい。一日一回の、たった10分程度を使って山口と月島について話すだけ。それでも、それを目当てに学校に通ってると断言してもいい程一日の楽しみになっていることは確かだった。そういうわけで、今日も相変わらず休み時間を使って月島談義に入るわけだ。
ただ、いつもと違うのは、私と山口が向かいあわせで座っているのに対して、いわゆるお誕生日席に月島が真顔で座っていることだった。
「(…ねえ、なんで月島がここにいるの…?)」
「(し、知らないよ…。気づいたらツッキーが座ってたんだもん)」
「(だもん、じゃないって!本人の前で月島談義なんて恥ずかしすぎるわ!)」
山口と顔を突き合わせて、座りつつもなるべく月島と距離を取りながら小声で話す。下がり眉に加えて、冷や汗を浮かべながら山口は震えた声で言った。私が月島を知っているほど、月島は私の事を知らない。きっと月島は山口に用事があって、邪魔な私が退散するのを待っているのに違いない。言葉にはしていないけれども、きっとそんな感じだろう。残念だけど今日の月島談義は早々に終了だ…。いやむしろ、こんなにも近くに月島が来てくれた事でお釣りが来るほどだ!
「…あ、月島くん、山口と部活の話でもするのかな、じゃ私席に帰るね…」
うわああああ初めて本人に対して名前とか呼んでしまった…!いつも山口と話してる時は月島、とか呼び捨てにしてるくせに、いざご本人を目の前にするとテンションも60%減だ。変なところを見せたくないというプレッシャーにやられてしまう。
山口に口パクで「ゴメンネ」と目配せを加えつつ謝る。この妙な緊張感の中から脱しようとしたところだった。腰を浮かせかけた所で、私の左手首が圧力を感じる。ぎょっと左隣りを見ると、月島が真顔で私の手首を掴んでいた。
「(…ナニコレ)」
山口に口パクで伝えると、山口は静かに首を横に振った。わからない、と。
*
「や、山口、この間の英語の小テストどうだった…?」
「か、可もなく不可もなく、な点数だったかな…」
「へえ…、わ、私なんか正誤をTかFで答えろって問題なのに、マルかバツで答えちゃって全滅だったよ…」
「そ、それは災難だったね…」
「「…」」
妙な空気が私と山口の間で流れる。相も変わらず月島は、左手で使いにくそうにスマホをいじっている。何故利き手を使わないかって?答えるにも値しないね、特別に教えてあげよう、月島くんは私の左手を右手で掴んでいるからさ。
犬の首輪よろしく、逃がさないとでも言うかのように嵌められた手枷は、私がそこから抜けようと手を引くと幾ばくの力で私を束縛した。好きな人に触られた!超テンション上がっちゃう!と思っていた数分前の私を殴り飛ばしてやりたい。何も言わずに人の手首を拘束する月島がほんの少し怖い。
「つ、ツッキーはどうだった?」
「満点だったけど」
「「だよねー…」」
山口が月島に話題を降るも、呆気無く終わってしまう。なんなんだ、なんなんだコイツ。恋心があろうと、目の前でどこか不満そうにスマホをいじりつつ、且つ人の手首を掴んで離さないこの人の思考が理解できようか、いや、できない。山口ィ…と目線で助けを懇願してみても、半笑いで目線を逸らされた。やばい、私このままじゃ心臓が破裂しそうだ。だけど、この掴まれた手首の意味を聞くには些か心の耐久性が足りない。後数分で訪れる授業開始のベルを待つくらいしか、私には案がないのだ。目の前の山口も頼りないし。
「あのさ、」
「な、なにツッキー!?」
「山口もだけど、新藤、」
「ヒャ、はい…。なんでしょう…」
私の苗字が呼ばれる。弾かれたように返事をすると、情けないながら声が上ずった。背筋をピンと立てると同時に、冷や汗が額から滝のように落ちていく錯覚を覚えた。おかしなものを見るような目で月島は私の目を見つめた。好きな人の目を見られるほど私の肝は座っていない。ばれない程度に目線をおろし、月島の通った鼻筋を見ることで視線が合うことを回避した。
「いつもみたいに、話すれば?」
「いつもみたいに…とは」
「あのさあ、同じクラスだってのに君たちの話聞こえないわけないよね?」
「…はあ、」
「ここまで言って分からないわけ?」
語尾が不機嫌そのものだ。あれだ、顔が整ってると喜怒哀楽って際立つよね。今の月島くっそ怖い。怒る、というよりはイライラが募っているって感じだけれど。わからないわけ、とは言われたけれども、月島の言葉数も少なすぎて伝わりませんって。
「いつも通り山口に僕の事聞けばいいでしょ、まあ、直接僕に聞いてくれたほうが早いと思うけど」
「え、えぇぇええ…」
「ええぇじゃないと思うんだけど。いつもギャーギャー、よく飽きないよね。逆に感心しちゃうんだけど」
もう絶句、としか言いようがなかった。そりゃそうだよ、同じクラスで席は離れてるとはいえ、自分の名前を連呼されて気づかないはず無いわ。でも私、あまり月島の名前出してないもん。山口がツッキーツッキーうるさいだけだもん。とか言い訳はどうでもいいや、
むしろ問題なのは、山口との会話を聞かれているとなれば、自分の月島への好意がモロに伝わっているわけで。冷や汗どころか、顔面の血液がスーッと降りていくような感覚がした。告白するならクラス替えの前かな~とか山口に語っていた頃が懐かしい。その間に月島とちょっとずつ仲良くなって~とかバカ言え、会話も十分にしないままオートで告白してたよ。
「す、すみませんでした…。降参です……」
「僕に言うことあるんじゃない?」
「いつも月島くんの事を山口に聞きまくっててすみませんでした?」
「そっちじゃないでしょ。どちらかと言うと山口に僕の事聞きまくってた理由のほうだと思うんだけど」
「…す、好きです?」
「何で疑問形なの。いつも通りに馬鹿でかい声で好きって言ったらいいじゃん」
掴まれていた手首が開放されたかと思うと、月島の右手は私の決して高いとは言えない鼻に伸ばされて、そのまま私の鼻を掴む。
「もう一回言って」
「つ、つきしまくんがしゅきです…」
鼻に息が通らないまました告白は、今まで見たことのないくらい不格好だった。