Silvia

story


恋したあなたのとなり

私と研磨、それとクロは何時でも一緒だった。その関係性が幼馴染、と名前が付くことに気づいた時も隣には研磨とクロがいた。中学に入って、研磨とクロは男子バレー部に入った。私は生まれながらにして運動の才能が無かったから運動部に入るだなんて考えは毛頭なかったし、それなら男子バレー部のマネジャーにならないかと誘われたけれど、私は首を縦に振ることは無かった。だからと言って互いに関係が変わるわけでもなく、練習で会えなくなる時間を埋めるように無意識のうちに3人で集まることの方が増えた。

「アキってさあ、いっつも黒尾先輩といるよね」
「そう?幼馴染だからじゃない?それを言うなら研磨も一緒だよ」
「そうかなあ、私も幼馴染いるけど、たまに話すくらいになっちゃたよ」

 体育の時間は、男女別で行われる。こうやって、強制的に離れるようなことが有る以外は友達に言われたとおり、朝から晩までクロ達といる。
 持久走で火照った身体は未だに納まること無く、呼吸をする度に肩が動く。運動は苦手なくせに、体力は人一倍あるものだからどちらかと言うと技術力に問題があるらしい。走るだけなら、素人なりにだけれど手先を使わない分簡単だと感じる。それに比べて、研磨達は凄い。身体だけじゃなくて頭も使ってプレーしていることにただただ尊敬する。ふと視線を感じた気がしてグラウンドから3階にある3年の教室を見上げると、授業そっちのけで2年女子の体育を見ていたらしい窓際に座っているクロと目線がかち合う。後で『変態、』とでもメールを送ってやろうと軽く手を振ると、クロは手の平をひらひらと振り返した。

「でもアキと黒尾先輩って付き合ってないんでしょ?」
「え、何それ、私とクロが?…考えたこと無い」
「違うんだ?でもいいなあ、黒尾先輩かっこいいし、身長高いし。アキが羨ましいよ」


*


「ねえ研磨、クロってかっこいいかな」
「……なんでそれ、おれに聞くの」
「わかんない、昨日友達に言われた」

 こうやって、研磨達の部活がない日は必然的に誰かの家に集まることになる。今日は研磨の家だった。一人用のベッドに二人、研磨と並びながらスマホを弄る。研磨のゲームの進み具合を見ようと、研磨のスマホをのぞき込もうとして、私の肩で研磨の肩を押すと、「落ちる」と壁際の私を押し返した。私の方はクエストを進めるための体力が切れているので、回復待ちのために動けずにいた。研磨はさすがというか、サクサクとクエストを進めていて、同じ時期に始めたはずなのに進行度は私の遙か先を行っていた。

「主将やってる時は、少しかっこいい、って思うかも」
「あー、確かに、真面目な時はかっこいいかも」
「かも、ってなんだよかもって」

 じゃんけんで負けたクロが3人分のアイスが入った袋を片手に部屋に帰ってくる。ベッド際に胡座で座ると、ほれ、と私と研磨にアイスを差し出した。私が食べたかったのは棒付きアイスの中に果肉が入っているやつだったのに、手渡されたのは同じ棒付きでもバニラ味のものだった。

「ワリ、言われたやつ無かったからそれにしておいた」
「ん、いいよ、ありがと」

 研磨を越えてクロが私の頭を撫でる。本当はバニラと果肉入りのやつ、どちらにしようか決めかねていたのでそれといった文句はない。
 研磨がスマホの電源を落として、クロの隣に座った。私もいくら研磨の部屋とはいえ、人様のベッドの上で食べ物を食べるというのはいかがなものかと思うので、同じ様にクロの隣に座った。袋を開けて一口かじると、ホワイトチョコレートのコーティングと一緒にバニラの風味が口いっぱいに広がった。

「美味いか?」
「うん」

 どれ、とクロの顔が近づく。私の噛じったところの上からクロが私のアイスを噛ると、一回り大きな跡が付く。「クロ、持って行きすぎ」と、クロのモナカアイスをこれでもかというくらい大きな口を開けてかぶり付いてやる。だけれど、クロのように大きな噛りあとはつかずに、申し訳程度に歯型がついたくらいだった。一方の研磨は自分のカップチョコミントアイスを黙々と食べている。私も一口、また一口とアイスを食べ進めていると、クロが何気なしに寄りかかってくる。扇風機をフル回転させても暑いというのに、二人分の熱を共有した肌はもっと熱くなる。筋肉質なクロの身体は固かった。同じ男でもこう、研磨と比べると些かいかつい。

「クロ重いし暑い」

 研磨の方に押し返すと、思ったよりも簡単に研磨の方により掛かる。黙々とスプーンを口に運んでいた研磨が、ムッとした顔をして「クロ邪魔」と言うと、また私の方にクロが返って来た。私の時と違って、思いっきり押し返したようで、不意をつかれたクロがバランスを崩して私の方に思いっきり倒れこんでくる。流石に180センチ越えの体格を受け止められるほど屈強でない身体は簡単に押し倒されてしまった。

「クーロ―おーもーいー」
「アキの腹枕いいわ、てかちょっと太った?腹きもちい」
「最低早くどけこの野郎、研磨ちょっとこいつ剥がして」
「今アイス食べてるから」

 しれっと断られてしまった。クロはグリグリと私の腹に頭を擦り付けるとそのまま動かなくなる。肩肘を付いてギリギリ頭を起こす体制で、溶けかけているアイスを急いで頬張った。冷たさが脳を撃ちぬく。加減というものを知らないのか、全体重をのし掛けてくるクロが本当に重い。研磨ぁ、と情けない声を出すと、いつ間にか研磨もアイスを食べ終わっていたようで、カップ捨ててくると部屋を出て行ってしまった。扉が閉まった音をきっかけとして、のそりと私のお腹から頭を浮かす。

「馬鹿クロ、本当重い、何なの」
「アキが可愛すぎておかしくなりそうだからアキ責任取れな」

 食べる気が失せたのだろうか、半分も食べ終わってないモナカアイスをローテーブルの上にそのまま置く。モナカの間からバニラアイスが溶け出してきて、白い溜りを作った。研磨に怒られるよ、と言うともぞもぞと顔を私の鎖骨の下の辺りにうずめる。そのまま、すん、と鼻を鳴らす。

「すげえいい匂いする」
「バカ、嗅ぐな、変態、」
「自覚してねえと思うけど、8割方アキが悪いんだからな」
「なにそれ、どういう意味?」

「無意識に誘ってんだよ」

 Tシャツの襟ぐり近く、私のむき出しの鎖骨にクロが、噛み、付いた。熱い息と共にジリリと穴が開きそうな衝撃が脊髄に走って、ビクリと思わず身体が反応すると、なぜだかクロが満足気に且つ意地悪そうに笑った。10年とちょっと長い付き合いなのに初めて見たクロのその表情は、なんだか、とても扇情的で本能がヤバイと告げる。バニラの匂いが異様に鼻についてきて、それすらも背筋をなぞるような変な感覚にわずかに頭のなかに残る”抵抗”の二文字が消えかかってしまいそうだった。クロの伏し目がちな顔が、近づいてくる。いつも近くにいると言ってもこんなに物理的に近いのは初めてで、どうしよう、喰われる、

「クロキモイ」
「い゛っ」

 スパァン、という音と共にクロが崩れ落ちた。何が何だ、とクロ越しに見上げると研磨がスリッパを片手に仁王立ちしていた。頭を抑えているクロを退かして、研磨に手を引っ張ってもらいつつ立ち上がると、一気に緊張の糸が解けたのか身体中の力が抜ける。

「研磨ぁ、なんか、クロがえろい……」
「アキを虐めていいとは、言って、ないから」
「いやいやいや虐めてねーし」

 痛ぇ、と頭を掻くクロはいつものクロで、さっきの一瞬で”男”としてのクロが垣間見えたのは誰にも言えない秘密で、冗談じゃないくらいに本気で喰われるかと思った。ずっと男も女も関係のない、幼馴染だという関係性に暗黙のうちに縛られていたのかもしれない。やっと私は、クロが男だって認識出来たのだけれど、もしかしたらクロはずっと私を…。そうとなると、友達が言っていた”クロが格好いい”というのも、男としてクロが格好いいということか。
 ずっと、変わらないと思っていた。私に恋人ができても、クロと研磨に恋人ができても、誰かが結婚しても、私達の関係の名前が変わることなんて、無いと思っていたのに。仮に、クロが私の事が好きだとしたら、私は素直に受け入れられるのだろうか。じゃあ私はクロが嫌いか?と問われればすぐにNOだと答えることが出来るのに。

なんだかこの胸のもやもやが腹ただしく思えてきて、足元に転がるクロの背中を蹴った。隣から腕が伸ばされたと思うと、研磨に頭を撫でられる。私が不機嫌な時、研磨がしてくれるちょっとばかりの気遣いだった。昔は身長は私の方が高かったのに、いつの間にか、皆、身長も何もかも私を追い抜いていく。