Silvia

story


タイトル

「まじかァ…まじか、」
 
 いざ布団に入って目を瞑っても、眼球の奥のほうが動いている気がして、全くと言っていい程眠れずに朝を迎えた。時計の針は家を出る予定の1時間前を指している。紛うこと無く、これは月島のせいだった。
昨日、半ば無理矢理に告白させられた後、月島と連絡先を交換した。何で交換するのかと月島に聞けば、「付き合うのに連絡先知らなくてどうするの?」といわれた時には、山口と腹の底から「は??」と叫んだものだ。世の中にはこういった告白の肯定の仕方もあるんだなあって思いました。
スマホを操作して、連絡先を開く。た行へと指で画面をスクロールさせていくと、確かに”月島蛍”の文字はあった。昨日の一連の出来事は、私の妄想でも夢でもなかったことを証明してくれていた。
ホーム画面に戻ると、今流行りのチャット式会話SNSアプリのアイコンの右上にメッセージが一通届けられていることを知らせるマークがついていた。朝早くから誰だよ、と怪訝に思いながら開くと、そこにも”月島蛍”の文字があったわけで。

「……うそおおおおおおお…」
 
 恐る恐る、画面をタップして内容を読む。
”おはよう。朝練で一緒に学校行ったりできない、ごめん”
簡素な月島らしい文面がそこにあった。いや、まず前提として私、月島と学校行く事に行くという約束すらしていないし、もとより期待はしていなかった。けれど、改めて考えてみると、月島と付き合ってるんだし何も不思議なことではない、のか。
”おはよう!気にしてないよ、練習頑張って”
と送信をする。それに加えて、散々迷った挙句に一番無難なパステルカラーの兎がガッツポーズをしているスタンプを付けた。眠れずにいる間も、ずっと月島について考えていたというのに、未だに月島と付き合っているという自覚がない。スマホの電源を落とすと、暗くなった画面に明らか様に寝不足気味の私の顔が映った。こうもいつも通りの朝だというのに、心は穏やかではない。取り敢えずベッドから降り、洗面台に向かおうとした所で、不意に私のスマホが着信音とともに震えた。何も考えずに反射的に通話を押して、スマホを耳に当てる。

「も、もしもし」
「あ──…、新藤?…おはよう」
「つ、月島…くん?お、おはよう…。あれ、今─」
「朝練の休憩ちゅ…、日向うるさい」

 体育館の床がシューズで擦れる音と、日向、と呼ばれたであろう男の子の他にも複数人の男の人の声が伝ってくる。部活の仲間なのだろうか。『え、誰、月島の彼女!?マジで!?』という声が聞こえてくるあたり、部活内では私達の関係が段々周知になっていっているみたいだ。こうも大々的に言われてしまうと、凄く気恥ずかしい。月島の部員を窘める声が2,3聞こえた後に、ピィー…とホイッスルの高い音が聞こえてきた。

「ゴメン、もう切る」

集合、の合図だったのだろうか、月島が焦った声で言う。

「ううん、電話ありがとう、頑張って」

と、私の言葉尻がちゃんと聞こえたかどうか怪しいまま、通話は切られた。時間にすると高々数十秒だったというのに、私の手のひらは妙に汗ばんでいた。今度こそ顔を洗おうと洗面台の前に立った途端、私はぎょっとする。寝不足で目の下に薄っすらと隈が乗った上に、頬が赤くなっている顔が鏡に映しだされたとなれば、一瞬何かの妖怪かと思ってしまったではないか。日も昇って早々に、一日分の気力を使い果たしてしまったようで。朝イチからこれだ、教室で月島と顔を合わせるとなると、今以上の気力の消費じゃ済まないかもしれない、と若干鬱々としつつも月島に会えると思うとその足取りは決して重いとは到底思えなかった。


*


 いつも遅刻ギリギリの私が、チャイムが鳴る15分前に席に着いているとは何事か。朝イチで月島から電話があったことで、浮き足立っていることは間違いがない。クラスの半分もまだ埋まっていない教室を見るのだなんて、初めてな気がする。いつもは私が教室に来る頃には、月島はちゃんと自分の席に座っていて、先生が来る頃になると名残惜しそうにヘッドホンを外す。”何を聞いていたの?”と聞きたくても聞けずにいたというのに、気がつけば月島とそういう関係になっていた。卑怯にも、山口と仲良くしてれば少しくらい月島と話せる事ができたらいいな、くらいにしか考えてなかったというのに。

「(分かんない)」

 月島が、私と付き合うといった意味が、分からない。ただのドッキリだったら笑って済む気がするんだけどなあ。気まぐれだったって、あの人を小馬鹿にするような笑い方で私を蹴落とすように言ってくれたほうがどんなに楽か。脳天気に山口と月島について喋っていた頃は、月島は遠い存在だったから、私が彼の当事者になるだなんてこれっぽっちも思ってなかったから。いざ夢に描いても叶わないと思っていた関係になってしまったら、萎縮してしまって、多分、月島の顔を見るのも辛い。…さっきまでの浮ついていた私は何処に行ったのか、一つ考えれば考える程何一つプラスになんかなりゃしない。絶対月島の隣に立つ人は、私なんかじゃなくて、もっと色々なものを持った月島に相応しい人だと思っていたのに。


*


 髪の毛が誰かに荒らされる感覚で、目が覚めた。最初は誰かが頭を撫でてくれてる、心地いいな…くらいにしか思っていなかったけれど、段々と頭にかかる圧力が増していて起きる以外の選択肢が見つからなかった。気がつけば自分の席で伏せて寝ていたらしい。実質20分にも満たなかったであろう仮眠は、寝不足を補うのには余り効果は無かったようだ。誰かが、私の頭を、恐らく手の平で滅茶苦茶にしている。眠気が『気にするな、お前の今の本分は寝ることだ』と囁いてくるけれど、「…マジで寝てんの、ねえ」と聞こえた所で私は飛び起きざるを得なかった。

「つつつ月島、くん」
「月島でいいよ、山口と話してる時は僕の事呼び捨てにしてるくせに何なの?」
「ご、ごめん」
「別にいいけど、一番前の席でSHRぶっ通しで寝てるとか逆に尊敬するよね」
「返すお言葉もございません…」

 ”どうでもいいけど、後2,3分で授業始まるけど僕も欠席扱いにさせる気?”といわれた所で、1限目は生物室に行かなければいけないことに気づいた。もう既に教室から私と月島以外は出払ってしまったようで、閑散としている。ごめん、と謝って鞄から教科書一式を取り出す。

「なんか元気無いみたいだけど、食あたりでもしたの?見た感じ病気知らずっぽいのに」
「え、そうかな…」
「……顔見てれば分かるよ。新藤くらい単純だと特に。いつもみたく馬鹿みたいに騒いでなよ、調子狂うんだけど」
「ごめ「何を謝る必要があるの?あと、新藤が僕に対して下手に出る意味がわからないんだけど」

 取り敢えず教室を移動しようという意図なのか、月島は私に背を向けて教室を出て行く。私も此処に留まっている理由もないし、むしろ生物室に行かなければならないので月島の数歩後ろを歩いた。

「あのさあ、何を気に病んでるか分からな…くもないけど、取り敢えず新藤は僕の彼女なんだから堂々としてればいいんじゃない」
「え、いま、かのじょ、って」
「何、新藤って頭も悪ければ耳も悪いの」
「いやいやいや、頭が悪いのは本当ですけども生まれてこの方健康診断は全て良しか貰ったことないです」
「じゃあ、ちゃんと聞こえてるんじゃん」

 顔は見えなかったけど、月島が、ははって小さく笑った。いつも鼻にかけたような笑いじゃなくて、少し肩を揺らして。月島との距離が焦れったくなって、つま先を蹴って一気に月島の隣へ並んだ。女子の平均より少し高いくらいの私の身長じゃ月島と並ぶと不格好なんだろう。だけど、それでも、いいよ。私はバカだし、チビだし、取り柄があるとしたら健康なことくらいだけど、不格好なら不格好なりに月島が好きだって胸を張って言ってやるから。

「あ、あのさ、月島、好き」
「知ってる」
「これから毎日言おうと思うんだけど!いいかな!」
「それ僕に許可取る必要ある?それ以前に毎日山口にしつこいくらいに言ってたよね」

生物室の扉が見えてくる。あと数メートルというところでチャイムが鳴る。学校のチャイムといえば、と問えば大方の人が『キーンコーンカーンコーン、でしょ』と言うであろうまんまの音で、いつもの時間に、いつもの大きさで鳴る。急ごうと足を速めると、当然のように月島も急ぐものだと思っていたのに、月島は私の背後で足を止めたまま動こうとしなかった。どうしたものか、と終わりかけるチャイムの音に内心焦りつつも、振り返る。

「これ以上あーだこーだ悩まれても困るから言っておくけど、新藤が思ってるより、僕、新藤のこと好きだから」

 じゃ、そ言ういうことだから、と先に生物室に入っていった月島を見送る形で今度は私がその場に立ち尽くす番だった。