▽ story

ウェルカム体調不良
「うう…気持ち悪、」
起きたら猛烈な吐き気と頭痛が既に戦闘態勢に入っていて、無防備な私はせめて色々なものを出さないようにと口を覆う ばかりであった。胃の中が洗濯機の中宜しく、渦を巻いて吐き気を誘う。寒気によって生じた鳥肌が収まらない。これは風邪だな、なんてわざわざ考察しないで も既に分かりきったことだった。キッチンに向かい、波江さんに薬の場所を聞くと、心配してくれたのか市販の風邪薬を水と一緖に持ってきてくれた。
「ありがとう…波江さんが天使に見えるー。あ、もしかして私召されちゃったかも」
「…頭まで体調不良なようね。これ以上拗らせないように今日は寝てなさい。臨也には私から言っておくから」
こ ういうのを俗にツンデレっていうのかな。いつもは仕事が遅いだとか、料理が不味いだとか姑みたいなことばっかり言ってくれるのに、こういう時ばかりは優し くなるらしい。目まで霞んできた。ああ、本当に波江さんが天使に見える。ブラコンの天使、ってあんまり響きは良くないけど。
渡された錠剤を3錠一気に口に含む。水で流しこむと腫れているだろう喉に引っ掛かって少し痛かった。
波江さんに礼を残し、自室に戻ろうとすると調度臨也と鉢合わせた。廊下の先にいる臨也にピントが合わない。そういえば少し、廊下もうねっているような気がする。
「…アキ?」
「あー、臨也、私風邪引いたっぽいから今日は仕事休ませてもらうわ。ごめんね」
壁 に手をつきながら歩く姿を見、さすがの臨也も心配してくれているのか、時々倒れそうになる私の腰を支えた。…なんだか嫌らしい触り方をしているのは今更な のだけれど、つっこむ気力もない。されるがままに、そのまま臨也と自室へと歩いていく。本当、なんでこんなに無駄に広い設計のマンションに住んでいるんだ よと、いつもなら思わない愚痴も揺れる意識の中でポンポンと出てくるのであった。
「珍しいね、馬鹿は風邪を引かないとか言ったりするんだけど」
「ちょっと…臨也は私が馬鹿だって言いたいのかな、病人に向かってそれは無いでしょ」
「いいじゃない、馬鹿じゃなかったんだから」
「…」
もうため息すら出てこない。こんな時にも臨也の口車に乗せられてどうする私。
自室に着くと、ゆっくりとベッドの脇に座らせられる。そのまま横になると、臨也がタオルケットを私に掛ける。その際に私の肩に触れた臨也の指は、意外にも骨ばっていた。…と、まあ、こんな感じでムードがある時に言うのも気が引けたけれど…
「臨也…洗面器かなんか持ってきて…ぶちまけちゃう前に…。うう、気持ち悪い」
「…吐き気があるってことは…、ハハっ、もしかしてアキちゃん、できちゃった?」
「うっわ馬鹿!最低!そんな訳ないでしょうが!!」
ハ ハっじゃないっての。人がぶっ倒れているときによくもいけしゃあしゃあと冗談が言えるもんだ。無駄に爽やかな笑顔が憎たらしい。私の顔色を見てみろよバカ 臨也。某ネコ型ロボットぐらい真っ青なはずだ。そのくらい顔色が悪いはずだ。吐き気と悪寒と時々目眩。横になったことで少しばかりは楽になったものの、風 邪というのはすぐには良くならないもの。少し寝よう…と思っても、次に起きたときにはおそらく日付は変わっていて、私の分の仕事が明日に繰り越されるのだ ろう。一日で治らなかったらまた繰越し。ああ…こんにちは悪循環…。
私の仕事をやってくれるなんて優しい心を持った方々では無いだろうし、ねえ。(むしろ臨也なんて苦しんでいる私を見て笑っているだけのような気がする)
「ばーかばーか臨也のばーか波江さんのブラコン」
「悪口言う暇があったら寝てなよ 波江さんにも伝えておくから」
「嘘です、マジ嘘だからヤメテ」
「じゃあさ、」
ぼすん、と私の肩あたりの位置でベッドに腰掛けた臨也。いい加減寝かしてくれよと思った矢先、臨也は少し冷たい指先で私の目に掛かった前髪を退かした。ついでにおでこに手を乗せると、私の温度を測る。臨也の手は冷たいから到底正確に測れてないとは思うケド。
「君が寝るまでこうしててもいいかな」
臨也の左手と私の右手が繋がる。
なんだかんだ言ったって臨也も臨也なりに心配してくれているのかと思うと、気分が悪いのも些か良くなった気もする。臨也の手も私の手も冷たいけれどマイナ ス同士を掛けるとプラスになるように、温かさが生まれた。そのぬくもりに浸っていると自然と瞼が落ちてくる。臨也の「おやすみ」という言葉で完全に視界に 幕が閉ざされた。…いい夢、見られればいいけど。