▽ story

沈
私が臨也さんの所有物であるように、この部屋もまた、臨也さんのものだった。私はそれを借りているだけで、正確には私の部屋では無い。しかしこの与えられた部屋で、ベッドの上で目を瞑っているときが私が生きている証拠を見つける時間でもあるのだ。
薄暗いオレンジが部屋に差し込み、家具の至る所に影をつくる。それによってモノトーン調に装飾された部屋の一番柔らかなところで手足を投げ出し、寝転んで いた。…浮かんでくるのはどうしても臨也さんのことばかりだった。最近夢に出てくるのも臨也さんだし、気を紛らわそうと一人で買い物に行ってもずっと臨也 さんのことばかり気にかけている。これは相当な病気だと苦笑すると、臨也さんは決まって嬉しそうな顔をするのだ。臨也さんの悪巧みを考えている時の顔、ど こか憂いを帯びたような顔、一つ一つ思い出すたびに口許が緩む。ああ、本当に臨也さんに侵されていく。面白いくらいに。
「アキちゃん」
優しく耳元をかすめる声がした。私は緩んだ口許を自然に直し、目はわざと開けない。ベッドがまた、ひとり分沈む。私の右隣に座った臨也さんが私の顔を覗き 込んだのが、衣擦れの音で分かる。なんだかここで目を開けるのも気まずい気がして、臨也さんと逆方向に顔を背ける。あくまでも、自然に。
「アキ…ちゃん、…寝てるんだ。まあ起きててもいいけどさ」
まぶたが温もりを知った。臨也さんが片手で私の瞼を覆う。大きな手が私の皮膚に触れるたびにビリビリと電気が走るような感覚が私を襲う。…臨也さんが、触 れている。私に。それだけで、幸せだった。私と臨也さんが温度を共有している。肉という人間の薄い部分で繋がることが出来る。…それだけで十分だった。
「俺の戯言だって思って聞いてくれればいいよ」
私が寝てるのか起きてるのか、知っているのか知らないのか。臨也さんは微妙なニュアンスを含めてそう、言った。
臨也さんは私の瞼を人差し指で撫で始めた。くすぐったくて、今すぐにでも笑い出したかったのだけれど、雰囲気がそうさせなかった。後に、私の前髪を掻きあげた。一つ、柔らかいものが額に落とされたと思うと臨也さんはそのまま続けた。
「アキちゃんと会ってからさ、俺自身、変わっていくわけ。でさ、俺は最初それが嫌で拒み続けてたわけだけど…、でも、だんだん居心地よくなってくんだよね。アキちゃんの隣が、」
私の輪郭をなぞっていた指はゆっくりと離される。
臨也さんが腰を浮かし、重さを失い、その分スプリングが元に戻る。私の身体が浮かぶ。それだけじゃなかった。私の心も身体も、ふわりと浮かんだようだっ た。重力なんか微塵も感じさせないくらいに。それでも、さっきまで臨也さんの重さを知っていた私は、途端に寂しくなる。目を開けて、半身を起し、臨也さん の手を掴む。私のを握り返した臨也さんが振り向いて、笑う。
「起きてたんじゃない」
「知ってたくせに」
そのまま、どさり、と私に覆いかぶさって二人共々ベッドに倒れこむ。背中に回った臨也さんの、手の指が背中に食い込んだ。跡になってればいいなあと思う私は狂っているのだろうか。
ふたり分の重さが、ベッドを軋ませた。