▽ story

刺青
世間で言うと、私は何なんて分類付けられるのだろう。ニート兼元自殺願望者が妥当なところか。まあ、やや誇張すれば『住み込みでお仕事やらせていただいています』ともなんとも言えるけど。…でも、最近やっている仕事なんて臨也の性処理くらいか。仕事なんて言うのもおかしな話ではあるけど。だって私だって好きでやってるわけだし。じゃあやっぱりニートか。
…最後に目的を持って外出したのはいつだったっけか。波江さんにいい加減髪を切りなさいと言われて渋々美容院に行った時以来か…。あとは、外に出るときは臨也の後ろをついて回ってる時だけ。それもそれで、毎日を過ごすのも楽しいけど、今ひとつ物足りない。人生の目標とか刺激とか、そんな大げさなものじゃなくて。もっと根本的な何か。
特別、何かになりたいとも思ったことがないし、なるだけの努力をするだなんて私にとって無理な話なわけで。最低、男の上で腰でも振っとけば生きていけるだろ、なんて甘っちょろい下品で下衆な考えが私にはある。女の私が言うのも、何かしらの違和感を感じるけど。言い訳をさせてもらえるのなら、育った環境が悪かったって言うのもある。絵に描いたような家庭崩壊。酒乱の父、ヒステリックな母。親の離婚後も、狭いアパートで見るのは、金のために必死で腰を振る母親の姿。唯一の救いは母方の祖母の存在だった。せめて高校だけは行っておけと、なけなしの金で学校に行かせてくれた。祖母には感謝しているけれど、祖母から生まれた母親は大嫌いだった。
アルバイトで食いつないでいくうちに、段々食べるために働くのも面倒になって、死ねば仕事なんてしなくてもいいんじゃないかなんて考えるようになった。単純すぎた私は、早速行動に移そうと思った時に、奴に会った。
「君、死にたいんでしょ?」
横断歩道を渡ろうと、足を踏み出そうとしたその瞬間だった。勿論横断歩道の信号機の色は赤だった。ちょうどいい大型車が程良いスピードで走っていたのを見切っていたのに、足を止めてしまった。いつの間にか私の隣に立っていた折原臨也が、面白そうに私の顔を覗きこんできたからである。その時の私の、不審者を見るような目付きと言ったら、とても形容し辛い。実際、臨也は不審者といっても過言ではないけれど。
「そうですけど、なんとなく貴方の目の前で死にたくないので、貴方がどこか行ってくれませんか」
初めて体験した、初対面の人に対する得体のしれない嫌悪感。絶対コイツの前では死にたくないと思った。人間の死に対して興味を持っていて、赤の他人になんの前触れもなく私が死にたいと思っている事を、当てられたからである。
生きていたい、と願ったわけじゃないけれど、初めて死にたくないと思った瞬間だった。それからどういう訳で臨也が私を気に入ったのか、現在に至る訳である。「あはっ、気に入った!俺が君を飼ってあげるよ!」そう言われたときは、正直、こいつは気が狂ってるじゃないかと思った。結構長い間臨也と一緒にいるわけだけど、今も常人ではないとは思ってる。
臨也に食わせてもらっていて、外に出るのは臨也が外出する時後ろをついて回ってるだけで、ほぼ散歩のようなものだ。後は寝るかヤるかの二択なわけだから、実質ペットと変わりはない。大嫌いだった母親と似つかわしいところもあるけれど、私は嫌でこの生活を続けている訳ではないから少し違うと思いたい。ちょっとした幸せさえ感じるし。
「俺さ、膝枕ってしてもらったことないんだよね」
「それなら、私のどーぞ」
プラトニック・ラブなんて期待していないし、そもそも求めてもいない。むしろ馬鹿馬鹿しく感じるくらい。折原臨也は、私が肉体的に死ぬ代わりに、社会的に殺した。折原臨也という存在の籠に閉じ込めることによって、私を社会から切り離した。私が本当に死ぬときは、今私の膝の上にいる折原臨也が死ぬときなんだろう。
「あ、おっぱい大きくなった?」
「誰かさんが日々揉んでくれているお陰ですかねえ」
私の胸に手を伸ばしてくる臨也。その手の甲を、指先で叩く。反射的に手を引っ込める臨也が、「あははっ」と笑う。
生きる希望を見つけたわけじゃない。生きたい理由もあるわけじゃない。ただ、臨也は私が死ぬのを興味深そうにしていたから、死にたくないだけ。卑屈な私の精神が、逆に私をこの世に留め続けている。決して臨也の存在そのものが、この世にあるからじゃない。決して。
ああ、私にとって足りないもの…早く生きている意味を探さなきゃ。絶対に、臨也なんかに死ぬところを見せたくないからなんて理由から、脱却しなきゃ。