▽ story

サイケデリック・プロポーズ
彼女は平和島静雄が好きだといった。何遍も何遍も狂ったように平和島静雄への愛を俺に囁いた。俺に見せつけるように、ねっとりと湿った赤い舌を見せながら口を開いた。俺の理性などとうの昔に手元から去っていった。彼女はただ苦痛に歪む俺の顔を見て面白がっているのか、俺を挑発しているだけなのか理解は出来なかった。直接本人に言えばいいと言うと彼女は決まって首を横に振る。
『静雄が好き』と巫山戯た呪いの言葉を吐くたびに俺はその唇を貪った。俺がどうしてもに受け入れられない理由を聞きたくなかったから、自分の耳を塞ぐより先に音元を塞いだ。それでも壊れたラジオのようにずっと平和島静雄への愛を呟く彼女。押し倒してその細い肩に歯型をつけてやったが俺を見ることさえも、平和島静雄への背徳感も見せずただ笑っているばかりだった。
やがて虚しい朝が来る。俺は彼女の寝顔一つ見たことない。ただ静かに笑って平和島静雄が好きだと言う彼女の顔しか見たことがなかった。どんなに酷く犯しても泣き顔どころかずっと口許は綺麗な弧を描いていた。俺が後悔した末に謝りながらその痣を撫でても笑って俺を許した。…受け入れてくれることは決して無かったけれど。
ある女は俺が狂っているという。人間への愛を語る俺に眉を潜め冷静な口調で俺を非難した。そんなことはどうでも良かった。もう一つその女は言う。人間を愛しているのにただ一人の女に固執しているのは滑稽だと。気がつけば周りの人間などどうでも良くなっていた。彼女の一番になりたいという安っぽい願望だけが残るばかりだった。
「臨也は手に入れた物はすぐに飽きちゃうでしょ?だから臨也をずっと拒めば私にずっと執着してくれるじゃない」
だから俺のことは死んでも好きだとは言わないと彼女は言った。
本当は、真実は、彼女は俺のことを心から想っていた。既に俺のことを受け入れてくれていた。解っていた、昔から解っていた。だけれど俺は”形”が欲しかった。確証が欲しかった。一度形にしてしまえばそれを盾にして彼女を愛し尽くせているのに。想っていても伝わらない事があるというけれど将にこれがそうだと俺は彼女に訴えた。しかし彼女は俺に満足のいく言葉はくれない。何時まで経っても妄想の中での声に似た機械音声が俺に愛を囁く。愛していると、大好きだと中身のない軽い音声が鼓膜に張り付いて離れない。我に返って再びの口許へと耳を近づけても平和島静雄しか言わない。とてもじゃないけれど気が狂いそうになる。脅しの言葉を投げかけても彼女は「どうぞ」と目を瞑っただけだった。細い首に手をかけても俺が本気じゃないのがお見通しなのか黒い瞳を潰して笑った。
「俺が泣いて君に懇願でもすれば言ってくれるの?」
「まさか、私は私のために臨也に言わない。それに臨也の泣きそうな顔も嫌いじゃないからね、滅多に見られたものじゃないし」
「そうさせたのは誰だったっけ」
赤ん坊がするように腕を広げてを求めると彼女は迷わず俺の頭を抱きしめる。細い腰に腕を回して柔らかな腹に頬を寄せてみても好きの一文字も言ってくれやしなかった。