▽ story

A bride of pain.
人が自分自身を確認するために、自分を自分で傷つけてしまうことを肯定すれば、非難されてしまうことが多い。私は完全に自傷行為を肯定するわけではないが、否定もできない立ち位置に居る。勿論、その行為に対する意味など、人それぞれであるから、その行為の程度も、無意味か有意味かさえ違ってくる。私の場合は悲しみを痛みで止める目的である。時間が経つにつれ、傷を作ることでまた前向きな私に、いつもの私に戻ろうという決意の現れなのかもしれないとも思えてくる。そう言うと聞こえはいいが、自分の身体に傷を作ることは、やはり世間的には許されているわけではない。と言いつつそういう割には、なんだか自分が傷ついていることを明らか様に誇示するのが嫌で、目立たない傷を作ってを繰り返している。目立たない傷。私がピアス穴を開ける理由がそれだった。
一体何回、私は痛みを求めるほど傷ついたのかが一目瞭然であるし、何より他人にわからない形で傷をつけることが出来る。自分だけが知っている痛みの理由。自分だけのものにできることが、ピアスの魅力だと思った。
私の耳たぶに開いているピアス穴は全部で4つだった。左耳に3つ。残りは右耳に。無意識にピアスに触って、普通なら開かない穴の不思議な感触を楽しむ。穴が増える度に私は強くなっていく気がした。こんなにも私は傷ついたんだから、よっぽどのことじゃ挫けないだろうって。確かに、ピアス穴を開けるタイミングの間隔は長くなってきた。だけれど、このままじゃ私、死ぬまでに何個穴を開けなければいけないのかなと考える時がある。強くなったって傷つくことには変わりがないから。
今日、右耳に5つ目のピアス穴を開けようと思った。
池袋駅を歩いているときに高校の時の友人と再開した。彼女は高校時代に私が懇意にしていた人で、卒業してからは多忙を理由にあまり合う機会は無かったが、それでもたまの連絡は取り合っていた仲である。彼女と道の脇に逸れ、立ち話をしていると、彼女の背後から一人の男性が現れた。彼はどうやら彼女と待ち合わせをしていたようで、上機嫌に彼女の肩を叩いた。私は彼女にも新しい想い人が出来たのかと、彼女の幸せを祝う言葉を言おうと思った矢先だった。彼が私の見知った人だと気づいた時には、彼は私の存在に気づいて顔をこわばらせていた。彼は、過去の話ではあるが、私の昔の彼氏であったのだ。…でも今はこの人とは関係無いだろうと割り切った。一番最初に開けたピアスを触る。じんわりと、痛みが蘇ってきた気がした。「…おめでとう、いつから付き合ってたの?」気にしていない体を装って、問う。彼女は気まずい顔をしながら、「高3の夏…」と答えた。その時彼は、あっ、と声を上げた。私はこの男は本当馬鹿だなあと心のなかで嘲笑った。私と彼が別れたのは高3の冬だった。つまり、当時私と付き合いながら私の親友(だと少なくとも私はそう思っていた)と親しくしていたわけだ。明らか様に動揺してみせるなんて。その動揺は罪悪感から?それとも、都合が悪いと思ったから?おそらく後者であろう。腹ただしい。
「そうなんだ、お幸せにね」気づかないふりをしてあげると、心なしか彼は眉間の皺を緩めたようだった。…私は悔しかった。別に謝罪が欲しかったわけじゃないし、今更取り繕って欲しいわけでもなかったけど。用事を思い出したふりをして、立ち尽くす彼女らと分かれると、薬局に向かう。そして薬局の片隅にあるピアッサーを一つ購入した。ファーストピアスはシルバーボールのものにした。
洗面台の鏡の前に立つ。髪を後ろで一本に結い上げ、耳が露わになるようにする。既に着けられている4つのピアスが、洗面台の明かりを反射してキラキラしていた。右耳にピアッサーを宛がう。何のためらいもなしに、5度目の引き金を引く。ガシャリ、と耳元で大げさな音がする。少し間をおいて痛みが私の耳を襲った。やがてそれはじんじんとした痛みに変わっていく。皮肉なことに、5度目となれば慣れたものだった。
「また、開けたんだ」
意識が耳に集中していて気が付かなかったのだが、私の背後に臨也が立っていた。腕を組み、じっと、ねっとりとした視線で私の姿を見ていた。私は振り返ることをせずに、鏡越しに臨也を見る。
「まあね、なんとなく開けたい気分だったから」
臨也に嘘をつくのも慣れた手前、嘘をついても見透かされていることも知っている。気味の悪いほどに人の核心を突くのに長け過ぎていて、たまに臨也と話すことが億劫になる時がある。今もそうだった。放っておいて欲しい時に何かと臨也は私に絡んでくる。
手元には使用済みのピアッサーと外箱。足元のゴミ箱に放り込む。脱脂綿に消毒液を含ませ、一応もう一度消毒をする。特に臨也と会話が無いまま、洗面所を後にするつもりだった。電気を消そうと洗面台の横の壁に取り付けてあるスイッチに触れた時、臨也に腕を掴まれる。まるでその時を狙ってたかのように、正確に。腕を掴まれたまま、臨也のもう一方の腕で身体を拘束される。腰のあたりで回された腕が心地が悪かった。
「…何?」
「いやさあ、やっぱり見てるこっちとしては面白くないんだよね」
「何が」
「俺はさあ、アキちゃんのことならなーんでも分かるわけ」
「はあ」
「何でか分かる?勿論アキちゃんが好きだからだよ」
「で?」
我ながら返事が淡白だとは思うが、本当に放っておいて欲しかった。臨也の言う”なんでも知ってる”には今日のことも含まれているのだろう。一体どこから見ていたのだか。見ていたのではなくて、どこからかその情報を得たのかもしれないけど。とにかく臨也と一緒に居るとプライバシーなんてあったものじゃない。今更こんなことに傷ついている事を知られて恥ずかしいなんて感情は無いけれど、知っているなら知っているなりに放っておくという優しさも持ちあわせて欲しいものだと思う。臨也の腕の中から抜けだそうとしても思いの外、腕の力が強い。
「離して」
「やだ」
私の腕をつかむ手を離すと、開けたばっかりのピアスへと臨也は手を伸ばす。鏡越しに臨也の行動を見る私の顔は、酷く不機嫌だった。未だ痛みの残るそれに触れると、片手で器用にキャッチを外し、ピアスを抜き取る。
「痛っ、臨也あんた何してんの!」
思わず大きな声が出る。反射的に右耳に触れると、赤い液体が私の指先を彩った。
やめて、返して。私の、私だけの痛みを返して…!
このままピアスが返って来なかったのなら、穴が塞がってしまう。痛みを忘れてしまう。強くなれなくなってしまう。そんな焦りばかりが私の頭を駆け巡る。臨也の手に握られたピアスを取り返そうと、半ば揉み合いになる。そのうち臨也は面倒くさくなったのか、ピアスを投げ捨てる。その瞬間、私の中で何かが弾ける。臨也を罵ろうと口を開いたその時、臨也に口を塞がれる。これ以上何も言わせまいと、猿轡代わりに自身の舌をねじ込む。ぬるりとしたものが私の舌にまとわりついた。一旦離れたかと思うと、唇の裏側を舐め上げられる。歯に臨也の舌の裏筋が引っかかる。
息つく暇もなく臨也は私の口内を犯し続けた。反抗する力も残らないくらいに荒いキスを浴びせた臨也は、いつものようにヘラヘラしていた。
「じゃあさ、傷ついたときは俺に言ってよ。
俺とアキちゃんにしか知らない傷を作ってあげるから」
そう言うと、臨也は私のTシャツの襟を引っ張って私の鎖骨を晒す。臨也はまるで果実に齧り付くように私の鎖骨に噛み付く。ピアスを開けた時と比にならないくらいの痛みが私を襲った。口を離すと、歯形が残るそこから流れる血を臨也は舐めとった。痛みとむず痒さが、私の頭をおかしくさせるようだった。臨也は、消毒しとかなきゃね、というと私の右耳の耳たぶの赤も、鎖骨から流れる血の色が残った舌ですくい取った。
「傷心なアキちゃんも可愛いんだけど、やっぱり面白く無い。
誰かに傷つけさせるくらいなら、俺が傷つけるよ」