Silvia

story


落ちる

「狩沢たちも好きだねえ、こういうのさあ」
「今に始まったことじゃないだろ」

池袋の某アニメショップの裏側にて、ドタチンと私は並んで壁に寄り掛かる。新作グッズの販売の広告が私と門田の身体によって隠れてしまった。私は煙草を片手に息を吐き出すと、白い靄が空へ舞い上がった。門田はぼうっと靄を見上げる。気づけば四六時中一緖にいるのでこれといって特別話す話題もない。門田との沈黙が嫌いなわけでも、心地が悪いわけでもないので居づらい訳ではないが、適当に口から出る言葉に一々反応してくれる門田が好きだった。

「なんだっけ、今日は新作ラノベの発売日だっけ?予約済みだからこの時間帯でも手に入らないことはないから大丈夫だとかなんとか言ってたけど、そんなに好きになれるもんなんかねえ」

相変わらず車の通りは多かったが、駅方面とは逆にひっそりとしていた。乙女ロードと呼ばれるらしいアニメ好きのための小路は歩いている人はそう多く無い。平日の夜ということだけあってか学生の姿はこれっぽっちも見えなかった。どちらかといえば会社帰りの若いサラリーマンやもうすぐ定年らしき人などが窺えるが…アニメ好きって本当年齢層が広いのネ。そこまで熱中できるものが無い私にとってはある意味では羨ましい限りだった。

「いいよねえ、熱中できるものがあるってさ。手に入れようって一生懸命になってるときの顔がもの凄く輝いてる。遊馬崎も、狩沢も」
「たかが二次元でもか?」
「二次元でも、よ。そういうものが私には無いから羨ましいなって」

ただ、私は本当に手に入れたいものがあったとしても、それを誰かに奪われたりだとか、他人の方が自分より熱中しているのを見ていると冷めてきてしまう人間なんだと自覚している。何かを好きになるってことが常に誰かと競っている状況にあるように思えてしまう。私は自分に自身がないから、自ら身を引いてしまうから何かに執着することがほとんど無かった。
何に対してもそう。人間関係だって、恋愛だってそうだ。今、私が門田や遊馬崎たちと上手くやっていけているのは奇跡に近いのだと思う。いや、最初から私は門田達に執着しようとしなかったからかもしれない。最初からずっと一緒にいたい、とか、私だけ特別な存在として見て欲しいとか思ったことが無かったから…、思おうとしなかったから。執着しようとするほど、その存在は逃げていく。痛いほどに分かっているから。

「俺はあるけどな、手放したくないモンがよ…執着に近えのかもな。誰にも渡したくねえ。」
「へー。興味ないけど」
「お前な…!」

街灯の光によって照らされているドタチンの顔が少し紅いように見えた。どこに顔を赤くするような理由があるんだと、私は煙を吐き出すのと同時に笑った。ドタチンに、聞こえないように。

「なに、聞いて欲しいの?」

茶化すように下から顔を覗き込んでやると、明らか様に門田は私から顔を逸らした。納得いかない私は門田の正面に立って、壁との間に挟んでやる。とは言っても幾分私より図体のデカイ男だから抜けだそうと思えば抜け出せるんですけどね。それでも敢えて顔を背けっぱなしの門田。少し背伸びして無理やり顔をこちらへと向けさせると、口をへの字に曲げた門田が更に顔を紅くした。手のひらから伝わる門田の頬の温度がやたらと熱い。

「…お前だよ」
「は?」
「だから、俺はお前がッ」
「門田さん、アキさん、お待たせしたっす!」

門田が何か言い切る前に遊馬崎と狩沢がショップから出てきた。やたらと青い袋を両手にたくさんぶら下げてこちらへと向かってくる。きっと、ラノベ一冊じゃ買い物は済まなかったのだろう。というか、本一冊買うような時間で待たされ無かったからね。
 と考えていると、…半分、私が門田を襲っているような構図に狩沢が黄色い声を上げる。「アキさんと門田さんってそういう関係だったのね」と何かやたらと嬉しそうにするが、私は門田から離れて「残念、違いますよ」と言うと不満な声を直ぐ様上げた。遊馬崎にも「本当のところはどうなんすか?」と聞かれたけれど狩沢の時と同じ答えを出した。
けれど、本音はどうだろう。執着される側になった気分はそれほど嫌じゃなかった。門田が私を手放したくない、と、確かにそう言った。彼から私を求めるなら、執着するのならそれに応えてあげてもいいかもしれない。

「ドタチン…ありがと」
「何が──」

やっと私にも大切なものが、私の精一杯を捧げられる人が出来た。
遊馬崎と狩沢を先頭してバンに戻るとき、誰にも見られていないのを計らってドタチンの右腕を引っ張り、よろけた隙に頬にキスしてやると面白いくらいにドタチンは狼狽えた。

「お、おおお前…」
「あはは、ドタチンのばーか」

自分から行動を起こしたのだけれど、急になんだか恥ずかしくなる。私は先行く遊馬崎達へと驅けて行った。ああ、しばらくは門田の顔が見れ無さそうだ。