▽ story

merry?
静雄から”もうすぐ帰る”とだけ記されたメールが届く。相変わらずそっけないメールだけれど、ほぼ毎日のように届くので慣れてしまって、何とも思わなくなっている自分がいた。いつも大体、メールが届いてから十数分で玄関の扉が静雄によって開かれる。それまでに夕飯を並べておこうと、こたつの温もりに負けそうになりながらも立ち上がる。
予め作っておいた、二人で食べるには少し大きなローストチキンと、スープ、チキンライスを温めなおす。自らこれらを作っておいて言うのもおかしな話だけれど、子供らしいチョイスだと思う。…そもそも、世間のイベント事に疎い私が、クリスマスだからと言ってこんなに大層な料理を作るだなんてどうかしている。静雄もそういう物に拘らない人だから、助かっている反面、”どういう風の吹き回しだ?”なんて聞かれた時には、恥ずかしさで死ねるかもしれない。…つまり、クリスマスだからと言って浮かれてるんじゃないかなんて思われたくないって話。
と言っても作ってしまった手前、捨てることなんで出来るはずもなく。料理を並べ終えたテーブルは、私の気持ちとは反対に、彩り鮮やかだった。
「ただいま」
ああ、ほら帰ってきた。声の調子がちょっと低い気がする。仕事疲れなのだろうか。そりゃ、クリスマスだからといって浮かれているカップルを尻目に仕事だなんて疲れたに違いがない。
玄関で靴を脱ぐ静雄が、壁に身体をぶつけた音がした。まあ、静雄の身体に似合わず狭い玄関ですから。
「…おかえり、ご飯出来てるから」
「おう。…すげーいい匂いすっけど」
洗面所から帰ってきた静雄は”今日の晩飯何?”とでも聞こうとしたのだろう。テーブルに並べられた料理を見た瞬間、急に黙りこむ。ああ、やっぱり何か言われるのかな。
「…すげーウマそう」
*
一時の気の迷いなのか、ちょっと洒落こんでしまい、買ってしまった赤ワインを飲み干す。ワインの瓶の傍らにはチーズを生のトマトで挟んだ付け合せの皿が置いてある。自分で作っておいて美味しそうだなんて言うのは気がひけるのだけれど、箸を進めたいのに、静雄の反応ばかり気になってしょうが無い。私とは反対に、順調に食べ進める静雄。
「…味はどうですか」
「不味くねえよ、つかウマい。お前の料理でハズレだったことなんてねえよ」
「…そりゃ光栄ですわ」
あはは、と乾いた笑いがテレビの音にかき消される。なんて不恰好な笑いなのだろう。テレビでは、クリスマスのイルミネーションがどうだとか、カップルに街頭インタビューだとか浮かれまくった話をしている。私も浮かれている内の一人で数えられていたとしたら不服だ。理由は特にない。ちょっと一緒にされるのが悔しいだけ。
「…なんか今日の料理、ちょっと豪勢だと思わない?」
「ワインとか、ローストチキンとかか?普段出されねえとは思うけどよ」
「いやほら、なんかクリスマスっぽいかなー?みたいな?」
「まァ…ガキの頃、クリスマスに出された夕飯と似てるっちゃ似てるな」
いやいや、そうじゃなくて、”どうしたんだよ、こんな豪勢な料理”だとか、”クリスマスだからか?”とか、もういっそのこと言ってしまっておくれよ!せめて弁解さえさせてくれれば、私の気持ちも少しは晴れて、料理にありつけそうだというのに。
「じゃなくて、…こんなのどういう風の吹き回しだとかさ、クリスマスだから浮かれてんのかとか思いませんか…」
「は?」
「だって珍しいじゃん、私がこんな凝った料理作るなんて」
自分で言っておいて虚しくなってきた。ああ、こんなつもりで料理したわけじゃないんだけどなあ。ただ単に、静雄に喜んで欲しくて作っただけなのに、どうしてこんな気持ちになっちゃうんだろう。しかも自分自身によって。
宙に浮いたままの箸を泳がせる。何を食べるでもなく、何を話すわけでもなく、ただ静雄の返答を待つ。一つため息を落とした静雄が一拍置いて言葉を口にした。
「ちょっと待ってろ」
そう言って静雄は席を立ち上がると、玄関へ足を進める。少し年季の入ったフローリングが軋んだ音がした。ガサガサとビニール袋特有の音を鳴らして静雄が近づいてくる。ん、とぶっきらぼうに渡された袋の中には、白い四角い箱が入っていた。静雄の手のひらより少し大きな箱だった。箱の開け口に貼ってある”要冷蔵”のシールが目を引く。
「え、何これ…、ケーキ?」
改めて袋を見てみると、池袋にあるケーキ屋のアキが入っていた。思わず静雄の顔を見ると、恥ずかしそうに頭を掻きながら静雄は口を開く。
「俺もお前と一緒なんだよ。…俺も浮ついていると思われるんじゃねえかって思ってた」
「…あはは、なーんだ…」
なんだそれ。似たもの同士過ぎる。
一気に気が抜けて、箸を落としそうになる。しっかりと持ち直すと、取り分けたローストチキンを口に運んだ。甘辛いタレのかかった鶏肉が口の中に広がる。…ああ、クリスマスだなあ、と無駄な見栄と意地が私の中から消え去っていくのを感じた。