▽ story

左手に肌色
久々の休日。騒がしい池袋の通りを一人歩く。誰とも会う予定はないのだけれど唐突にお洒落をして外に出たくなったのだ。今日は珍しく快晴であり、春の一時を満喫させてくれるような日柄であった。 最近は忙しかったから自分へのご褒美に何を購入しようかと考えつつ東口の宝くじ売り場を通り過ぎる。あまり自分は博打が好きではないから、と通りすぎるものの 高額当選 などと書いてある看板を見ると少し当選した人が羨ましいと思うのも事実である。
それが人間なんだろう、など哲学的思想を無意識に持ってしまった。少し自分の雇い主に感化されているのかもしれない。
薬局屋の目の前の横断歩道を通り過ぎた頃からやけに喉が渇きを訴えていた。
ふと目についた自販機に金を投入し、ペットボトル入りの緑茶の購入ボタンを押そうとした時である。瞬間的に横からすっと二本の腕が伸びてきたかと思うと自動販売機自体を横取り・・・
されたのであった。
「は?」
どうしてこうなったかと考えるよりも先に、ある人物のアキが浮かび上がる。
平和島静雄。 彼ぐらいしか自動販売機を素手で持ち上げられる人物は知らない。
池袋で最強と言われる人物の一人であるが、その前に自分の友人の一人である。左を恐る恐る見てみればやはりバーテンダーの格好に金髪、サングラスといつもと変わらない出で立ちで自販機を軽々と持ち上げていた。かすかに唸っているのが分かる。
「いィーざァーやァー」
怒りが沸点に達するまであと僅かなようだ。
─え?臨也?
後ろを振り返ってみればそれはもう楽しそうに静雄をからかう姿の自分の雇い主がいた。 ついさっき出かけてきます、とあのだだっ広いマンションの一室にて出発を告げたのに何故いまここに彼がいるのだろうか。
「臨也さん、まさかストーカーですか」
ハハッといつもみたく笑うと臨也さんは言う。
「アキちゃんがおめかしして出かけるもんだからさー、誰かとデートかと思って気になってついてきたんだよねー。ついでに静ちゃんもからかいに来たわけだけど」
「んだとコラァァ!!」
また静雄のこめかみに青筋が出来上がる。私も臨也さんの行動に呆れました、とでも言うようにため息をついた。 まさか今の今まで自分の後ろに臨也さんがいたのかと思うと気が重い。少し浮かれ気分になって緩んだ自分の姿を見られていたのかもしれないと思うと情けなくなってくる。
「静雄、とりあえずそれおろして。」
自販機を下ろすよう促すとなにか言いたげな顔をして静雄はゆっくりと地面に自販機を置いた。周りのギャラリーから少し「おおっ」と聞こえたのは気のせいかもしれない。
「私はその自販機に150円を入れたの。その後に静雄が自販機のコードを引きちぎってまで自販機を臨也さんに投げようとした。言いたいことわかる?」
「あ?自分の雇い主に暴力を振るうなってか?」
「さっすが僕のアキちゃんだね わかってる」
わかってないのはアンタらだ馬鹿野郎と暴言を吐きそうになったがいくらなんでも公衆の面前だ。そこは私の理性がブレーキを掛けてくれた。少々荒っぽかったが。
「そうじゃなくってさ、私お茶買おうと思ったんだけど誰かさんたちのせいで150円がおジャンになっちゃったんだよね」
「そんなの、僕のところに永久就職すれば今の150円なんてどうでもいいものに変わるよ?」
「なんでテメェとアキが結婚する前提になってんだよ」
静雄が今度は側に佇んでいた道路標識のポール部分に手を掛けた。これ以上騒ぎを大きくしてはいけない。そう思った私は静雄の右手を掴んだ。
そっと、静かに相手の感情を逆なでしないように静雄と、私がこれからどのような行動をするのか興味あり気な顔で見ている臨也さんに向けて言った。
「もう止めにしてよね 私にも、周りの人にも迷惑。こんなこと言われるなんてアンタらは小学生か」?
静雄の手がピクリと動く。もしかして私が投げられるか?と思ったが素直に標識から手を離すと、「悪ィ」とそっぽを向きながら言った。
群衆のざわめきの向こうからパトカーの音が聞こえた。気付かなかったが、正義に心を燃やしている人あるいは面白半分で通報した人がいるのだろう。ああ、またややこしくなりそうだとため息を付きたい気持ちになったがここは知らん振りをしてやり過ごすのが適当だ。掴んだままの静雄の手を引いて私はサンシャインシティへ向かった。こうなったらとことん静雄を買い物に突き合わせてやろうと思う。
「何ー?アキちゃん行っちゃうの?」
付いてこようとする臨也さんに吐き捨てる。
「ついてこないでください。臨也さんは後の始末はお願いしますね」
もう相手をするのも面倒くさいこと極まりないので「えー」と不満を漏らす臨也さんを尻目に一歩、また一歩と進んでいく。
「なんかこれ、デートみたいだね」
しばらく歩いた後、繋いだままの手(というより私が掴んでいるのが真実)を持ち上げてみせると顔を少し赤らめた静雄が
「うるせェ」
と呟いた。
まだ、私の貴重な休日は始まったばかりである。