Silvia

story


青空ジェラシー

放課後の教室は夏特有の蒸し暑さで満たされていた。Yシャツのボタンを一つ開けるが大して暑さの変わらない事に少しだけイラついた。私立高校といっても放課後にまでクーラーをつけてくれるほど優しくないらしい。いじっているケータイ電話の電池部分が熱を持ってくる。早く帰ってこないかとジュースを買いに行った友人の帰りを待った。…もしかしたら人の良いあいつのことだ、通りすがりの先生に用事を頼まれたのかもしれない。基本的に待つことが嫌いな私は、待っていられなくなって壁に寄りかかっていた身体を起こした。すると誰かが駆けてくる足音が聞こえたかと思うと、勢い良くドアが開く。

「ま、待ったよね…ごめん、此処の階の自販機が故障中で、一階まで行ってきた、から」

息を整えながら謝罪の言葉を口にした帝人。差し出すミルクティーのペットボトルを受け取ると、私は帝人の為に椅子を引いた。その席の一つ前の席の椅子を引き、座って帝人と向かい合わせになる。何もしてないのに気まずそうに座る帝人がなんとも言えない。

「んで、その好きな人とはどうなっているわけ?」

硬く締められたミルクティーのフタを開けながら言った。
 私とは時々こうして放課後に帝人から恋愛相談を受けていた。杏里以外に仲がいい女友達が私しかいなかったからこうして相談を受けているわけであって。正臣に相談はしないのか、と言ったら「茶化すのが目にみえているから」と言い放った。まあ、大方正臣が恋敵かもしれないと思っているからという理由もあるのかもしれない。
ちなみに帝人は具体的には好きな人のアキを出さなかった。しかし私は疾っくの昔に検討はついている。というか確信したっていい。園原杏里だ。挙動からして、帝人が杏里に好意を持ってないと言う方が難しいのだが、私に杏里が好きだとはっきり形にさせるのが恥ずかしいのだろう。彼はただ、『好きな人がいるんだけど、相談に乗ってくれないかな?』としか言わなかった。帝人も帝人で私が帝人の好きな人を把握しているのを知っているらしいがそれもまた、口にしなかった。

「いや、別に、その…何度か二人で一緖に帰ったりしてるけど、俺、話とか上手くないし…」
「そうだね。正臣よりはレパートリーは少ないね。あれでしょ、あんたさあ、話す話題が無くなって沈黙に絶えきれなかった末に『今日は夕焼けの色がきれいだねー、はは』とか『見てよあの雲、何かの形みたいじゃない?』とか言っちゃうタイプでしょ」

帝人は言葉に詰まったようだった。ぎくりとした表情でこちらを窺った。
…図星かよ。
自分もなんでこんな奴に惚れちゃったかなあと疑問に思えてしょうがない。もっといい奴だっているだろうに、顔も平凡で、これといった特徴もなくて、言いたいことも言えないような奴なのに。おまけに好きな人だっていると来た。これじゃあ玉砕も目にみえているのに、相談を受けるのも正直辛いのに、泣きたいのはこっちだ。

「駄目だなあ、男は話のテクが必要なんだよ?あんたには一生ホストは無理ね」
「…なるつもりは無いけどね」

分かっとるわ、と短髪の頭を小突いてやると帝人は情けなく笑った。つられて私も乾いた笑いをこぼす。好きな人と一緖にいるというのに、気分が悪かった。甘ったるいミルクティーを半分まで一気に飲む。甘さに脳がとけてしまいそうだった。いっそ溶けてしまえば何も考えなくていいのになあとどこか乾いた考えが脳の端っこを通っていった。

「そういえば、アキは好きな人とかいたりしないの?」

ふと、私の動作が止まる。一瞬のことだったけれどそれに気づいた帝人が神妙な顔を見せた。慌てていつものように振舞う。

「一応はね。鈍くてヘタレで、いろんな意味で馬鹿な人。」
「へえ、まるで僕みたい・・・・だね」

どきり、と心臓が一瞬破裂しそうなくらい膨らんだように思えた。笑えない冗談だったが、誰だろうかと思考を巡らせている帝人を見ていると気づいたようには思えない。自分で言っていて矛盾をつくようだが…どこが鈍い、だ。時々帝人は鋭いような、それでいて鈍感なような振る舞いをする。心臓に悪いことこの上ない。
うつむく私に帝人が口を開いた。

「あ…なんか俺、マズイ事でも言ったかな…、その、ゴメン」

帝人のゴメンという台詞に私は悲しみと怒りを同時に覚えた。うまい具合に混ざり合った感情が脳髄を侵していった。前触れ無く、一気に何かが切れたように感情が高ぶった。
ゴメン?なんで帝人が謝るんだ?…ああ、なんだか私の帝人への感情に対する言葉に思えてきた。謝る理由が違えど謝られたくなかった。私の中の何かを否定されたような気分だった。唇をきりりと噛むと前歯が下唇に食い込んだ。痛い。

「え、っと…どうしたの?ごめん、俺、本当─」

ゴメンというワードによって何かが切れるどころかスイッチまで入ってしまった。ガッっと机に乗り出す勢いで帝人の胸ぐらを掴む。私が立った分、生まれる身長差。見下ろす形で帝人を見るといきなりの事に目を見開いていた。

「謝らないで!」

惨めになるじゃない、と言葉を付け足しそうになって言葉を飲み込む。え?と呆然した顔で私を見つめる二つの目玉によって、我に返させられた。「なーんちゃって」と帝人の襟元を掴む手を離し、手のひらをヒラヒラさせてみると、強張った顔の帝人の表情は崩れていった。

「び、びっくりした…」
「直ぐに謝らない方がいいよ。こっちが悪いことした気になるから。
それと、もうちょっとアンタは堂々としてたほうがいい。女は強い男に惹かれるもんよ」

残りのミルクティーを飲み干す。まだ微かに冷たい液体が喉を走り抜けた。気分が落ち着く。全くなにをしてしまったのだろうとため息をつきたくなった。

「悪い、用事思い出したわ。帰るね」
「え、あ、うん。今日はありがとう」

「いーえ。ミルクティーご馳走さん」

空になったペットボトルを去り際に帝人に投げつけると、わたわたとしながらなんとか受け取った。また明日、と声が聞こえた。私は振り返らずに手だけ振った。

*

駅に向かって人通りの少ない道を選び、歩く。途中ケータイが震えたかと思うと、正臣からの着信があった。嫌だなあと思いつつも通話ボタンを押し、耳に当てる。

「なに?」
『お前さ、帝人と喧嘩でもした?さっき『アキを怒らせちゃったみたい、どうしよう、正臣ぃ~』って帝人から連絡あったんだけど』

似てない帝人のモノマネを含ませつつ要件を言う。ああやっぱりこんなことだろうと思ったと、ため息を付くと一緖に涙も出そうになる。鼻もグスグスしてきた。鼻を相手に分からない程度に啜ったつもりなのに、聞かれていたようだった。

『…アキ、泣いてるのか?』
「泣いてないわよ正臣のバァーッカ!!!!」

声が震えているのを悟られないように声を張った。そのまま通話終了ボタンを押してやる。切り際に、正臣の『はぁ?』という声が聞こえた。何だかもう、色々と悔しくなって再度、鼻を啜って、溢れてくる涙をベストの裾で拭った。駅に着くまでは泣き止まなきゃ。人にこんな顔見せられたものじゃない。やるせない気持ちを携えながら私はトボトボ歩いた。

 
 ゴメン、なんて悲しいワード、私を振るときの一回キリ聞けばそれでいい。惨めになってく自分自身を見るのはプライドが許さない。
擦った目が少し腫れていることに気づく。何か冷やせるものがあればいいと思ったが、周りにあるのは夏の蒸し暑さと、目に染みるような夏の日差しだけだった。
私を癒してくれるものは何もない。涙をこれ以上零してやるもんかと上を向くと、夏色の空が私を心配そうに見下ろしていた。