|
いつもの交差点で
吐いた息が外灯に照らされて白い靄をつくる。酷く寒い夜のシュテルンビルドの外れにある裏通りには人は殆ど見られなかった。少し酒が残ってふわふわとする頭は、0度近い外気によって文字通り覚まされ続けていた。
前を歩くバーナビーも結構飲んだはずなのに、足取り一つ乱さず確実に一歩を踏む。その一方で、千鳥足になりかけの私は前を歩くバーナビーの後ろを出来るだけ距離を詰めて歩く。気の利きすぎる彼のことだから、私がバーナビーの歩調に合わないと思ったのだろうか、少し歩幅を狭めた。私はそれに構うこと無く、相変わらずバーナビーの後ろをぴったりとくっついて歩く。煩わしくなったのか、バーナビーが少し怪訝そうな表情を浮かべながら私の方へ振り返った。いきなり立ち止まるバーナビーの胸に顔をぶつけた。途端、胸に飛び込んできたのを機として、逃さまいと私の腰に右手が這わされる。いつもより、体温が高めな左の手のひらが私の右手を握った。
「何で僕の後ろばっかり付いて歩くんです?…隣歩いてもらえませんか、歩きにくくてしょうがない」
「だって寒いんだもん」
「…僕は風よけって事ですか」
「いえーす、バニー、身長大きいし」
「…」
無言で眼鏡を中指で上げるバーナビーの威圧感がひしひしと伝わってくる。離された左手が、瞬く間に冷たくなっていく。それ以前に、寂しい。行き場がなくなって、宙ぶらりんな私の左手が行き着いた先は、バーナビーの頬だった。手のひらと同じようにいつもより温かい。ピタリと重なった肌が互いの温度を吸い取ってゆく。
「バニーのほっぺた、熱いよ」
「誰がそうさせてるんですか」
「あははっ、お酒のせいでしょ?」
「白々しいですよ、知ってるくせに」
今度はバーナビーの両手が私の両頬へ伸びてくる。形の良い爪が視界の端っこを通り過ぎたと思うと、指先が私の耳に少しかかる具合に頬を包み込んだ。中指のつめ先が私のピアスを弄んだ。目を覗きこんでくるバーナビーの瞳が少し潤み、外灯の光を反射させていた。世界のすべてがバーナビーの味方のようだった。ただでさえも格好いいのに、たった一つのチープな光でさえも、バーナビーから目をそらせなくなる原因の一つになる。
「さんの頬は冷たいですね」
「すぐに温かくなるよ」
「何故です?」
「…分かってるくせに」
年甲斐もなく少し頬を膨らませてみせる。バーナビーは微笑むと、私の唇を目掛けてその形の良いバーナビーのを近づけてくる。未だに慣れずにいる、キスの瞬間。私だって恋愛を疎かにしてきたわけじゃない。キスの一つや二つ、どうってことないはずなのに、バーナビーの匂いが近づく程に心臓が高鳴る。
しかし、いつまで経っても触れ合わないそれに、疑問を感じた私は瞑っていた目を開ける。すると、唇すれすれ、身動き一つでもしてみれば触れてしまいそうな距離でバーナビーは今にも笑い出しそうな、にやにやとした表情を浮かべていた。
「本当だ、熱くなった」
「…な、ひっどい!目を瞑ってた私がバカみたいじゃない!」
「…つい、ちょっと悪戯をしたくなって」
「なにそれ、バニーの意地悪」
自分の滑稽な姿にいたたまれなくなって、バーナビーの胸から離れる。さっきとは打って変わって、バーナビーの少し先を歩くのは私だった。よれたマフラーを直して落ち着こうとしても、いくら冷たい風が私の頬を打っても、冷めやらぬ熱が頬を覆う。まだバーナビーの意地悪は続いているのか、背後から「僕の事嫌いになりましたか?」なんてくだらない質問が問いかけられた。
「…そっ、そんなわけないでしょ!」
「そんなわけない、とは?」
「…っ、好きってことだよ!分かってるくせに!馬鹿バニー!」
私が素直に”好き”の言葉を口にしたのが相当珍しかったのか、面食らったバーナビーが目を見開いていた。…いつまでも、してやられてばっかりの私なんかじゃない。
口元に手を当てて呆然としているバーナビーを置いて、バーナビーと別れるいつもの交差点へ向かう。きっとバーナビーが来る頃には、この頬の熱も冷めてる頃だろうから、何もなかったような顔をして、さよならのキスへと興じることとしよう。
|