※男主人公/BL

ピストル
 女が男に対してするアピールは分かりやすい。とりあえず、猫なで声で男の腕に胸でも押し付けるようにして腕を絡ませときゃ何を考えているかは伝わる。最終的なその気持ちの行き先は、受け取り側次第になる。下世話だが、気持ちを利用してセックスだけして後は知らんふりだとか、その女を男として愛してみようかだとか。俺は別に優等生を気取る気は更々無いが、前者のような振る舞いは嫌いだ。別に深い理由などはないが、嫌悪感だけは一段と感じる。
 
 恋する相手が異性であろうが同性であろうが、根本的なものは同じだと思っている。ただ、後者の場合に付いて回るのは、世間体的なマイナスイメージと、後者の時と比べた場合の難易度の差。こればかりはどうしようもない。俺一個人がどうにかしようとして成るような問題じゃない。それを理解した上での恋ではあるし、それに煽られる部分もあるのが本音ではある。ただ、想いを隠してまで同性として相手と接する事が辛くもあり、難しくもある。逆に同性であることを盾として、過剰なスキンシップを取っている自分もいるのだけれど。…今みたいに。


「静雄ー、疲れた!もう俺、歩きたくない」
「…知らねっす」


 取り立て屋の仕事を静雄とトムと初めてから幾分と経つ。静雄は俺より3歳年下だから敬語を使うが、俺は先輩風を吹かせることが出来るようなことは何もしていない。その点トムはすごいと思う。キレかかった静雄を一言で制することが出来る(場合もある)し、何より静雄のトムに対する姿勢が俺と違う。どちらかというと、俺は上下関係とかあまり好まないし、相手が年下であっても友達みたいに接することをスタンスとしているから気にならないけど。つまり、上下関係の隔たりがない分、近づきやすいだろ、と。そういうことだ。

 夜9時を過ぎ、人通りの少ない住宅街のど真ん中でしゃがみこむ。今日の外回りは随分と歩かされた。普段運動と縁遠い俺の足は限界を迎えていた。あとは自宅に帰るだけだが、足が棒になるという慣用句がぴったりと当てはまる今の状況では何時帰れるのかが疑問だ。タクシーなんぞ使えるような金はない。
 俺の随分先を歩いていた静雄が、見かねたのか俺の正面に背を向けてしゃがみこんだ。乗れ、と無言で静雄が諭す。遠慮無く、その、広い背中に全体重を乗っけると、空気でも背負ってるかのように軽々と静雄は立ち上がった。


「うおっ、たけえー」
「しっかり掴まってて下さいよ」
「おう」


 静雄を見てるとやっぱり男のステータスって身長も大切だとつくづく感じさせられる。あいにく、小柄な母と普通体型の父との間に生まれた俺は、標準を少し越えたか怪しいくらいの身長だ。決してガタイもいいとは言えない。俺が静雄を好きな理由には多少なりとも憧れも含まれてるのだろう。
 いつもより随分と高い目線が物珍しい。知っている道だったのに、新しい場所に来たかのようだった。童心に帰ったかのような気持ちになる。ふと、目線を真下にやると静雄の旋毛が直ぐそこにあった。背の高い静雄の旋毛なんて滅多に見れたものではないと思うと、今、自分が物凄く特別な位置にいる錯覚を覚える。金髪の、少し痛んだくせ毛の一本一本をじっくりと観察出来るほど、近い。凄く自分が変態染みていると自己嫌悪になりつつも、それでも自分の気持には嘘を付くことは出来ない。


「(髪の毛、触ったら怒るかな)」


 男相手に髪の毛を触られても嬉しくないだろう。元々髪の毛を触られるのを好まないかもしれないし。俺が時々されるように頭を撫でたらどんな反応をするんだろう。興味は尽きないけれども、実行する勇気がない。シラフでは到底出来やしない。
 俺の家まではそう遠くない。この時ばかりは職場から近い場所に家を選んだことを後悔した。そりゃ誰だって好きな人と一緒にいる時間は長いほうがいい。俺だって同じだ。…財布に残っている貴重な紙幣の枚数を思い出す。具体的な日数は覚えていないが、たしかもう少しで給料日だったような気がする。今日くらいはいいか、と多少の不安を妥協に変えてみる。


「な、静雄、飲みに行かね?」
「先輩が奢ってくれるならいいっすよ」
「程々にしといてくれなー」
「分かってるっす。いつものトコでいいすか」
「ん。」


 笑いながら静雄はすんなりと二つ返事をした。勿論俺が奢る前提で言い出した話だった。だけど静雄はいつも『先輩が奢るなら』なんて言うくせにちゃっかり自分の分は自分で出すから厄介だ。…そういうところも好きなんだけど!
 いつも俺が飲みに誘うくせに、真っ先に潰れるもんだから、結局迷惑かけてることはこの上ない。いいところを見せたいなんて、思ったりはするけど、いつも静雄に甘えてばっかりでいる。もし、俺が女だったら、こんなに甘えてくるだなんて好意から来ているとしか思えないのだろうに。静雄だって男なわけだし。しかし俺は生憎、男に生まれた。静雄にとって俺は、只の人懐っこい先輩でしか無いのだろう。その現実が静雄の俺に対する態度の節々に見られる。それが段々焦れったくなってきて、時々、想いを吐露してしまえばどんなに楽になれるのだろうかと考える。いや、もしかしたら苦悩の始まりになってしまうのかもしれない。俺には静雄以外に手放して後悔するものはないから、最悪、全てを手放して静雄の前から去ることだって出来る。多分、それが唯一静雄を諦める手順の一番最初に成るのだと思う。俺が、静雄に全てを告げてしまったら、もう一緒に仕事なんぞできやしないだろうから。

*

「なに飲むっすか」
「んー…とりあえずグレープフルーツサワーで」
「相変わらずビールは苦手なんすね」
「うるせー」

 
 俺の好き嫌いを分かってくれる、なんて些細な事でも嬉しく感じる。
テーブル席に通された俺と静雄は、向かい合わせに座る。どうしても視点が静雄に固定されるから、なんとなく気恥ずかしい。どこを見たらいいのだろう。どうやったら、今の俺は静雄の先輩として振る舞えるのだろうか。
 俺が静雄に対する想いに関して、一番ネックとなるのは言わずもがな性別だ。俺は元から男が好きだったわけじゃない。どちらかと言うとバイと言ったほうがいい。彼女だっていた事があるし、常に男が好きになるわけではないからだ。ふとしたきっかけで、男が好きになる。性別を超えて相手そのものを見ているのではないかと言えば聞こえはいいが、世間はそれを許さない。

 酒の肴はほとんど仕事の話だった。いつぞやの取り立て相手の話だとか、明日からの日程がどうだとか。同じ時間をほぼ一緒に過ごしていて同じ経験をしているはずなのに、話に飽きが来ない。平たく、無機質的に言えば経験の再確認と言っても支障がないだろうに、不思議なものだ。誰かと酒を飲むのよりも静雄といると酒がうまく感じるのは、俺が静雄と一緒にいることが無条件で幸せに繋がるからだろう。酒を飲むペースがいつもより早いのは自覚していた。心の中のどこかに自分を客観的に見る自分と、酒に飲まれてすっかりいい気分になってしまう自分の2人がいるようだった。表面的に出てくるのは後者で、静雄に対してもあまり呂律の回っていない口調で話している。
 一方で、冷静な方の俺は、酔ったのを免罪符にして静雄にカマをかけてみるのはどうだろうかなどと小癪な考えを提案する。一旦はその提案に首を横に振ったものの、完璧に振り切ることが出来ずにいた。俺は、カマをかけたその先が知りたかった。


「俺さー、俺が女だったら絶対静雄に惚れてるわ」
「…なんすか、いきなり」
「そのまんまの意味だよ。静雄すげー格好いいし、優しいしさあ」
「褒めても何もでねっすよ」
「あはっ…、なーんで俺、女に生まれなかったかなあー…」

 静雄は、はは、と軽く笑いながら手元のお猪口に口をつけた。日本酒も俺は好きじゃない。苦さと甘さと酒臭さが同時に口に広がるのが苦手だった。…静雄はどうやら俺の突拍子もない冗談だとしか捉えてないようだった。少し、悔しい。”俺の事好きなんすか?”なんて、展開でもきたら、素直に首を立てに振ろうと思っていたのに。

 既に酔っている前提なので脈絡がなくともある程度は許されるのだろう。本当は卑怯な手だとは自負しているのだが、酔って自制が効かないのをいいことに、静雄にアプローチをかける。冷静な方の俺が、想いを告げることに対して自信も勇気も出ないからだろう、と嘲笑ってくる。図星だった。それに、もうどうにでもなれと言う自暴自棄が、静雄との今までのような関係を続けることを放棄させようとしていた。
 罪悪感が、胸をよぎる。酒の力を借りても俺は俺であるはずなのに、どこか自分と遠いところで事が運んでしまえば好都合などと考えてしまう。もし、駄目でも、「アルコールって怖いね」なんて一言かけて笑い飛ばしてしまえば何とかなってしまうんじゃないかって。真正面からではなく、俺が俺であることを自覚しないままに、傷つかずに”もしそういう関係になれたら”という卑怯な考えが罪悪感の元凶だった。
 好きな気持を伝えるにはどうしても臆病が勝る。それでも、告白したらもしかしたら…なんて淡い期待が残るのも事実で。静雄と接するうちに、もしかしたら静雄も俺のことが好きなんじゃないかという妄想に飲み込まれてしまう。酒と妄想。その二つに俺が飲み込まれた時、罪悪感に悪い意味で打ち勝ち、プライドを捨てるときなのだろう。


「あー、もう、今日の俺は超酔いたい気分!」
「十分酔ってるんじゃないすか…。」
「まだまだ、いけるっての」
「…何か嫌なことでもあったんすか?」


 ほら、また、優しい。
 静雄の飲んでいた日本酒の徳利をひったくり、一気に飲み干す。喉が焼けるように熱かった。液体が胃まで到達するのが分かるくらいに熱が食道を辿る。熱が後を引くのを感じながら、次には、柔らかい、ゴムの塊のようなもので頭を連続で殴られたような感覚が襲ってくる。意識の遠くで静雄が、大丈夫かと声をかけながら俺の背中を摩ってくる。急に何事かと、目を丸くした静雄。慌てぶりが珍しくて、段々愉快になってくる。”今ならなんでも言えそうな気がする”。本当はなんでも言えるのではなくて、口をつぐむだけの理性が無いのだけれど。


「…違うよ、違うよ静雄…」
「…は?」
「好きだよ、静雄。俺は、そういう目で静雄を見てたんだよ、ずっと。」
「先輩飲み過ぎなんじゃねっすか、もう出て──」
「静雄、俺の目を見てよ」


 何かのリミットが外れた。なんだろう、もう、自分が言ってることすらも分からなかった。
最後に覚えている静雄の言葉…、…。”先輩が後悔しても俺、知らねっすから”。
もしかしたら酔っている俺の都合のいい妄想だったのかもしれないけど。
でも、言ったことが事実なら俺は自分勝手だから、いい意味でしか捉えねえからな




 そこで俺のその日の記憶は途切れていた。



                                                   つづく